月の視位置を計算で求めたい! (1)
このところ掩蔽の予測計算や観測に凝っているわけですが予測計算はけっこうめんどうです。
いつも書くように計算は私がやるのではなくてExcelがやるわけですから正確に言うと計算がめんどうというわけではなく計算をするためのデータを用意するのがめんどうなのです。
計算に必要な掩蔽される恒星の視位置、グリニッジ恒星時、月の視位置の中にはそう手間をかけずに計算で求められるものもあり将来的にはそうするつもりですが掩蔽の計算に必要な精度がある月の視位置は国立天文台やNASA JPLの暦から求めるしかないように思えます。
-----
月の運行を推算したものを「太陰表」などといいます。歴史的に見ると
1753年 トビエス・マイエル
1792年 ラランド
1806年 ブルグ
1812年 バックハート
1857年 ハンゼン
みたいに次々に作られています。要するに作ってはみたもののしばらく経つと現実の月の運行と合わなくなるので新しいものが必要になるわけです。
20世紀初頭このような状況をブラウンが打破します。長い年月をかけて月の運動を理論的に解明します。論文は「A New Theory of Moon's Motion」というもので1897年から1908年までつまり12年かけて発表されます(以下なんだかんだ書いていますが実際に読んだことはありません)
ブラウンの論文では月の黄経を表す三角級数だけでも1,500項くらいあるそうです。このブラウンの研究のすごいところは二点あると思います。
すべてを理論的に決定した。
0.001秒以上の摂動がすべて考慮されている。
とはいっても一つだけ実験項(つまり観測によって定められた項)があります。その当時その理由は理論的に説明できないもののどうしてもその項を入れないと観測と合わなかったわけです。
このことについては1950年頃に出版された渡邊敏夫「數理天文學」にも書いてあるのですがやっぱり実験項が必要な理由はわからないとされています。
この実験項というのは長年加速項です。そう聞くと現代人であればどうしてそういう項が必要になるかピンとくる方も多いと思います。
-----
さてブラウンの理論にもとづいて計算すれば月の位置はわかりそうです。ブラウンは実際に月の座標を計算するための「月行表」(「月運動表」)も作り1919年に発表しています。
長沢工「天体の位置計算」によれば
太陽および惑星の引力の影響による月の位置のずれを表すため、振幅0.001"以上の摂動項をすべてひろい出して、黄経に対して約800、黄緯に対しては約550の項を決定、また、距離を示す月の視差に対しては、250あまりの項を決めている。
とあります。もうこれを読んだだけで月の視位置の計算をする意欲はしぼんでしまいます (^^;;
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ところで現在暦を作るための月の軌道・視位置はどうやって計算されているのかというと、上のような話を知るとより精密な月の運動理論が組み立てられてそれにもとづいて計算されているように思われる方も多いと思いますが実際は違うようです。
天体の運行は万有引力の法則(今だと他に相対性理論とか)にもとづいています。つまり天体の運行は運動方程式__微分方程式__で表せます。その微分方程式を数値積分することによって軌道を求めるというやり方が一般に行われているようです。少なくともNASA JPLが作り国立天文台も採用している暦については
「国立天文台 - 暦計算室 - トピックス - 暦の改訂について」
に
暦の基本となる太陽・月・惑星の位置・速度を計算する惑星の基本暦を DE200/LE200 に代えて同じシリーズの最新版である DE405/LE405に変更した.DE暦は米国ジェット推進研究所(JPL)が惑星探査用に編纂した太陽・月・惑星の数値積分による暦で,....
とそのこと記されています。
数値積分と言っても少なくとも私が目にするような本には具体的にどういう手法を採るのかという詳細なことは書いてなくてよくわかりません。でもネットで探せば専門家の書いたものがいろいろ見つかるのでそういうのを読んで行けば全体像が見えてくるかもしれません。私にはその気力はないですが....
暦の作成(位置推算)に数値積分を使う理由は摂動を理論的に扱うよりそっちの方が楽だからでしょう。
「牧野淳一郎 - 数値計算法の基礎」
は
原理的には、多体シミュレーションはとっても単純:
運動方程式
(ここに天体の加速度は他の天体から受ける引力の総和で決まるというよくみかける式)
を数値積分するだけ。
右辺を計算するプログラム: 2 重ループで 10 行くらい
時間積分: なにかルンゲクッタとか適当なものを使えばいい
という文章で始まっています(もちろん世の中はそんなに簡単ではない、と続きますが)
数値積分の実際が垣間見れるものがあります。
中野主一「パソコン天文講座 天体の軌道計算」
この本では観測から小惑星の軌道を決定し位置推算を行うとき数値積分を用いて推算を改良する方法を具体的に__つまり数式とプログラムで__示しています。
コンピュータの技術は日進月歩なのでこういう古い本を読んでもぜんぜん役に立たないだろうと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、この本はなかなか読み応えがあります。MPC(小惑星センター)で軌道決定や推算をされていた方の書かれた本ですから重みがあります。本にある公式からプログラムを作ってみましたという私のゴミみたいなブログとはぜんぜん違います。
1950年分点の観測データを2000年分点のデータに変換するとき歳差だけを考えて変換してもダメという事実はこの本で始めて知りました。
(続く)
いつも書くように計算は私がやるのではなくてExcelがやるわけですから正確に言うと計算がめんどうというわけではなく計算をするためのデータを用意するのがめんどうなのです。
計算に必要な掩蔽される恒星の視位置、グリニッジ恒星時、月の視位置の中にはそう手間をかけずに計算で求められるものもあり将来的にはそうするつもりですが掩蔽の計算に必要な精度がある月の視位置は国立天文台やNASA JPLの暦から求めるしかないように思えます。
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月の運行を推算したものを「太陰表」などといいます。歴史的に見ると
1753年 トビエス・マイエル
1792年 ラランド
1806年 ブルグ
1812年 バックハート
1857年 ハンゼン
みたいに次々に作られています。要するに作ってはみたもののしばらく経つと現実の月の運行と合わなくなるので新しいものが必要になるわけです。
20世紀初頭このような状況をブラウンが打破します。長い年月をかけて月の運動を理論的に解明します。論文は「A New Theory of Moon's Motion」というもので1897年から1908年までつまり12年かけて発表されます(以下なんだかんだ書いていますが実際に読んだことはありません)
ブラウンの論文では月の黄経を表す三角級数だけでも1,500項くらいあるそうです。このブラウンの研究のすごいところは二点あると思います。
すべてを理論的に決定した。
0.001秒以上の摂動がすべて考慮されている。
とはいっても一つだけ実験項(つまり観測によって定められた項)があります。その当時その理由は理論的に説明できないもののどうしてもその項を入れないと観測と合わなかったわけです。
このことについては1950年頃に出版された渡邊敏夫「數理天文學」にも書いてあるのですがやっぱり実験項が必要な理由はわからないとされています。
この実験項というのは長年加速項です。そう聞くと現代人であればどうしてそういう項が必要になるかピンとくる方も多いと思います。
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さてブラウンの理論にもとづいて計算すれば月の位置はわかりそうです。ブラウンは実際に月の座標を計算するための「月行表」(「月運動表」)も作り1919年に発表しています。
長沢工「天体の位置計算」によれば
太陽および惑星の引力の影響による月の位置のずれを表すため、振幅0.001"以上の摂動項をすべてひろい出して、黄経に対して約800、黄緯に対しては約550の項を決定、また、距離を示す月の視差に対しては、250あまりの項を決めている。
とあります。もうこれを読んだだけで月の視位置の計算をする意欲はしぼんでしまいます (^^;;
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ところで現在暦を作るための月の軌道・視位置はどうやって計算されているのかというと、上のような話を知るとより精密な月の運動理論が組み立てられてそれにもとづいて計算されているように思われる方も多いと思いますが実際は違うようです。
天体の運行は万有引力の法則(今だと他に相対性理論とか)にもとづいています。つまり天体の運行は運動方程式__微分方程式__で表せます。その微分方程式を数値積分することによって軌道を求めるというやり方が一般に行われているようです。少なくともNASA JPLが作り国立天文台も採用している暦については
「国立天文台 - 暦計算室 - トピックス - 暦の改訂について」
に
暦の基本となる太陽・月・惑星の位置・速度を計算する惑星の基本暦を DE200/LE200 に代えて同じシリーズの最新版である DE405/LE405に変更した.DE暦は米国ジェット推進研究所(JPL)が惑星探査用に編纂した太陽・月・惑星の数値積分による暦で,....
とそのこと記されています。
数値積分と言っても少なくとも私が目にするような本には具体的にどういう手法を採るのかという詳細なことは書いてなくてよくわかりません。でもネットで探せば専門家の書いたものがいろいろ見つかるのでそういうのを読んで行けば全体像が見えてくるかもしれません。私にはその気力はないですが....
暦の作成(位置推算)に数値積分を使う理由は摂動を理論的に扱うよりそっちの方が楽だからでしょう。
「牧野淳一郎 - 数値計算法の基礎」
は
原理的には、多体シミュレーションはとっても単純:
運動方程式
(ここに天体の加速度は他の天体から受ける引力の総和で決まるというよくみかける式)
を数値積分するだけ。
右辺を計算するプログラム: 2 重ループで 10 行くらい
時間積分: なにかルンゲクッタとか適当なものを使えばいい
という文章で始まっています(もちろん世の中はそんなに簡単ではない、と続きますが)
数値積分の実際が垣間見れるものがあります。
中野主一「パソコン天文講座 天体の軌道計算」
この本では観測から小惑星の軌道を決定し位置推算を行うとき数値積分を用いて推算を改良する方法を具体的に__つまり数式とプログラムで__示しています。
コンピュータの技術は日進月歩なのでこういう古い本を読んでもぜんぜん役に立たないだろうと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、この本はなかなか読み応えがあります。MPC(小惑星センター)で軌道決定や推算をされていた方の書かれた本ですから重みがあります。本にある公式からプログラムを作ってみましたという私のゴミみたいなブログとはぜんぜん違います。
1950年分点の観測データを2000年分点のデータに変換するとき歳差だけを考えて変換してもダメという事実はこの本で始めて知りました。
(続く)
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