色分解能 - 2 - ドップラー効果とかゼーマン効果とか....
「ドップラー効果で太陽の自転速度を測る話し」
「ゼーマン効果で太陽の磁場を測る?」
「色分解能 - 1 - ドップラー効果とかゼーマン効果とか....」
あたりの続きの話です。
分光器でλの波長の光とλ+Δλの波長の光を識別できたときその分光器の能力=色分解能はλ/Δλで表されるということを書きました。
ゼーマン効果は630.25nmの波長の吸収線に対して4,000Gaussの磁場で0.02nmくらいの分岐を引き起こすようですが、これを観測するためには630.25/0.02≒30,000くらいの色分解能が必要ということになります。
一方プリズムの色分解能はプリズムの一辺の長さに比例します。そして30,000の色分解能を実現するためには(プリズムの材質にもよりますが)一辺が800mmつまり80cmくらいのものが必要になるようです。
こんなものをアマチュアが入手するということはできない相談でしょうし仮に入手できたとしても80cmもある辺を有効に使うということはほとんど不可能でしょう。さらにその前にそんなものどこに置く?というのがあります (^^;;
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でもこんなもの(あるいはもっと色分解能が高いスゴイもの)が天文台だったら置いてあるというのもにわかには信じられない話です。
お気づきの方も多いと思いますがこういう高い色分解能を必要とする分光器にはプリズムは使われていません。回折格子が使われているのです。
回折格子の色分解能は非常に高いです。最高級の回折格子はなんと1,000,000を超える色分解能をもっているそうです。
つまり630.2500[nm]の波長の光と630.2506[nm]の波長の光が重なっていてもその両者を識別できるわけです。
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プリズムの色解像度は
プリズムの一辺の長さ * dn/dλ (「dn/dλ」は屈折率を波長で微分したもの)
であることを書きましたが、一方回折格子の色解像度の限界は
m * N
で表されるそうです(この理由は「国立天文台 - 誰でもできる高分散分光器の設計」が詳しいです)
mは回折の次数、そしてNは格子数です。一次の回折を使うとしても1mmあたり600本の格子があり回折格子のサイズが50mmあれば格子はトータル30,000あるわけですからその回折格子の色解像度も30,000になります。
この30,000という色解像度は上に書いたように黒点でのゼーマン効果を識別するために最低必要と思われる色解像度です。
そして1mmあたり600本の格子というのは標準的な回折格子の格子密度ですしサイズが50mmの回折格子はそれほど高価なものではありません。100mmの対物レンズなんかよりはるかに入手しやすいお値段です。
さらに二次の回折を使えば色解像度は二倍の60,000になります。
ということは(回折格子の能力だけ考えれば)アマチュアにもゼーマン効果を観測することがぜったい不可能なことではないように思えます。
ただこの色解像度をもってしても太陽の自転によるドップラー効果はきびしいものがありそうです。どっち向きに回転しているかくらいはわかるかもしれませんが....
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何度も書きますが太陽の自転によるドップラー効果の波長のずれや太陽磁場に起因するゼーマン効果による波長の分離の具体的な数値については自信がありません。
ほんとに測定したいと思われる方はそういうものや色分解能について新たにご自身で計算しなおしてから取り組むことをお勧めします。
それから記事を書くのに使った参考書のリストがどこかに行ってしまいました。
見つかったら記事に追加しておきます。
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この記事についてクリちゃんさんから太陽の自転によって生じるドップラー効果の影響を画像化した資料があるとのコメントをいただきましたので紹介しておきます。
「明星大学理工学部物理学科 - 伴場由美 - 卒業研究 - シーロスタットを用いた太陽の分光観測による速度場解析」
こういう観測には色分解能の高い分光装置が必要ですがこの論文ではエシェル分光器を使ったと書いてあります。こういう観測装置については
「京都大学理学研究科宇宙物理学教室 - 岩室 史英 - 観測天文学 - 観測装置の種類」
などを参考にしていただければと思います。
(2014.06.27)
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簡易分光器で撮影したフラウンホーファー線(の一部)です。
F線とそれよりちょっと波長が長いところを抜き出してあります。
これで色分解能は2000程度でしょうか。
(「太陽光のスペクトルと主要なフラウンホーファー線」より)
まとめ記事
「簡易分光器 - 作り方・使い方のまとめとリンク集」
「DVD簡易分光器の自作とトラブルシューティング」
「光源別スペクトル(分光分布)一覧表 - DVD簡易分光器による」
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関連
「ゼーマン効果を利用した太陽磁場測定は簡易分光器でできるか?」
「簡易分光器の作り方と反省点 - DVD-ROM使用」
「DVD簡易分光器の改良 (1)」
「DVD簡易分光器の改良 (2) - 構造・作り方 」
「DVD簡易分光器の改良 (3) - 仮組立 」
「DVD簡易分光器の改良 (4) - 組み立て」
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「デジカメの分光感度特性と白熱電球のスペクトル」
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「ナトリウム炎色反応のスペクトル(二つのD線)」
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「色分解能 (3)」 (「色分解能 (1)」、「色分解能 (2)」、「色分解能 (2)」)
「色分解能 - 1 - ドップラー効果とかゼーマン効果とか....」
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「Hαフィルターを使わずにHα写真を撮る方法」
「測定対象別記事一覧(測定、電子工作、天文計算)」
「過去記事の一覧(測定、電子工作、天文計算)」
参考
「国立科学博物館 - 理工学研究部 - 若林文高 - DVD分光器の回折条件」
「Welcome to my homepage. - DVD分光器」
「星は空の彼方、月よりも遠く
- 光害除去フィルター(3)透過特性の観察(2016/03/05)
- 光害除去フィルター(4)-脱線(簡易分光器の直線性)(2016/03/18)」
「ラジオペンチ - DVDのメディアで簡易分光器を作る-その1」
「廊下のむし探検 - 手作り分光器」 (記事一覧)
「ブログ「廊下のむし探検」付録 - 手作り分光器の作り方」
「Web Page of T.Nomoto - スペクトル色々」 (「ネオンランプと水銀ランプ」)
「国立天文台 - 分光宇宙アルバム」
「国立天文台岡山天体物理観測所 - ☆スペクトル物語☆~デジタルアトラス~」
「原子スペクトルの観察と波長の測定 - リュードベリ定数の測定及び原子のエネルギー準位」
「資源エネルギー庁 - 太陽エネルギーの基礎知識」
「岩崎電気 - ランプ光源情報」
「ライトエッジ - 放電ランプ - メタルハライドランプ」
国立天文台編 「理科年表 第88冊」 丸善出版、2014
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コメント
この記事へのコメントは終了しました。
以前何処かで出た話、回折格子を用いた太陽スペクトルの一波長部分をつなげて太陽全面を撮影する方法(スペクトロヘリオグラム)を実際にやっているPDFが見つかりました^^
太陽の自転に因る視線速度の変化も調べられてドップラーグラムの作成もされていますよ(@@
「シーロスタットを用いた太陽の分光観測による速度場解析」
http://www.hino.meisei-u.ac.jp/phys/astrolab/stu/2010/sun.pdf
太陽の5分振動なんて知らなかったわ^^;
興味有ったら見に行ってねぇ(^_-)-☆
そうそう、太陽観測には可動鏡と固定鏡の2枚で固定望遠鏡に太陽光を導くシーロスタットが使われていて、可動鏡は極軸の回転速度が赤道儀の1/2となります。
最近のポータブル赤道儀はその速度を搭載していますから利用出来そうですね^^
極軸をしっかり合わせる要ですけど。
まぁ自分で駆動回路を設計出来れば普通の赤道儀で構わないんですけどぉ、、、。
投稿: クリ | 2014年6月22日 (日) 01時03分
クリさん
実際の観測結果の所在を教えていただきありがとうございます m(._.)m
内容が具体的なので確認して記事を訂正あるいは補足するようにします。
太陽自転によるドップラー効果の計算はオーダー的にはなんとか合っていたようで安心しました (^^)
ざっと見た感じ回折格子の色分解能は少なくとも100,000前後あるような....
回折格子は高次の回折を使うエシェル型のかなり大きなものなのでアマチュア的には天文学的お値段のものになりそうですね。貧乏性なのでどうしてもそこが気になります (^^;;
投稿: セッピーナ | 2014年6月22日 (日) 14時11分
お役に立てて良かったわ。
あたしには難しくてよく解かりませんけど(^^;;
観測用の専門的な回折格子ってそんなに高額なんですか!
それじゃちょい手が出せませんねぇ(TT
投稿: クリ | 2014年6月22日 (日) 16時36分
クリさん
資料にある回折格子がおいくらぐらいするかわからないのですが.....
こういうエシェル型の回折格子というのは(おそらく熱膨張率が小さい)ガラス板を素材にして等間隔に高次の回折が明るくなるように定められた形状でグリッドを切っていく必要があるので高価になりそうです。
色分解能をあげたいときは回折格子はそれなりの大きさが必要です。
こういう回折格子は切手くらいの大きさでも数万円するようです。
資料にある回折格子は面積でいうとその100倍くらいありそうです。だからお値段も.... (^^;;
投稿: セッピーナ | 2014年6月22日 (日) 20時10分