はくちょう座デネブ (6) - アラビア語の星
これまで延々とデネブ( ザナブ(・ア)ッダジャージャ(ティ) )のアラビア語名の読み方について書いてきました。これからアラビア語名の意味について考えてみようと思いますが最後にちょっと趣味が悪いですがネット上にデネブのアラビア語名とされるもののどこが間違っているかを考えてみることにします。
それぞれボールド(太字)にしているところが私が問題(?)だと感じているところです。
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アル・ダナブ・アル・ダジャジャー
ذنب の先頭の音をどう読むかという問題です。この音は英語のtheの子音に似た音ですし私には“ザ”と聞こえます。もっとも私に“ザ”と聞こえるからと言って誰にでも“ザ”と聞こえるわけではないでしょうが、かな書き表記している教科書でも“ザ”の音をあてているようですので“ザ”と表記した方が無難なように思います。
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アル・デネブ・アル・ダジャジャー
これは勘違いだとは思いますがちょっと微妙な問題を含んでいるので書きます。
アラビア語には母音はa,i,uの三つしかありません。だからデネブという読みはあり得ないということになるわけですが、母音がa,i,uの三つというのは日本語のア、イ、ウだというわけではありません。実際アラブ人の発音を聞いているとアがエやオに聞こえるともありますし、特にuはオと聞こえることも多いです。
じつは私の日本語っぽいアラビア語だと“u”の発音はよく注意されます。つまり私の(日本語風)ウはアラブ人には“u”と聞こえない(こともある?)わけです。
こういうことを考えると母音が三つだけだからエ段やオ段のかなを使ったら間違いだと言い切れない面もあります。教科書というか会話の本には(アッサラーム・アライクムではなく)
アッサラーム・アライコム
というような表記を使ったものもあります。
ただ音素としてはa,i,uなのですからこれをカタカナで表すのであればア、イ、ウを使った方が無難かなあと思っています。
とは言うものも ذنب はたいていの人には“ザナブ”と聞こえると思います。
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アッ・ザナブ・アッ・タジャージャ
アル・ダナブ・アル・タジャジャー
「はくちょう座デネブ (2) - アラビア語の星」に書いたとおり ذنب الدجاجة はイダーファと呼ばれる文法構造をとっておりこの場合一番目の名詞に定冠詞がつくことはありません(=定冠詞がつくことは文法的に許されません)
アッザナブ(アルザナブ)だけであれば間違いではないです。
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アル・ダナブ・アル・ダジャジャー
دجاجة という字面だけ見るといろんな読み方が考えられますがこれをダジャジャーと読むことはありません。もしダジャジャーであれば綴りは違っており例えば دججاة のようになるはずです。これはきっとダジャージャをコピーするとき間違ったのだと思います (^^;;
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「コピーするとき間違った」と言い切ってしまったのですが、この記事のサダルテミスさんのコメントにあるように『....「Dajajah」や「Al-Dajajah」などのラテン文字綴りがある....』とのことです。
となるとデネブのアラビア語名として資料にあったラテン文字綴りから「ダジャジャー」という読み方にされたのかもしれません(というか書き間違いよりそっちの可能性が高いと思います)
「私はこう思う!」というのはこれからも書いていきますが、ひと様の書いたものにケチをつけるのはもう少し慎重になるべきだったと反省しております m(._.)m
(2014/06/18)
せっかくですからدجاجة がダジャジャーとなった経緯を考察(妄想?)してみます。
ここではدجاجةだけで考えます。
دجاجة の語尾は“ター・マルブータ”なのでふつう発音されません。つまり“dajaaja(tun)”です。
この“ター・マルブータ”は上に点々がありますが、この点々がない文字もあります。もしدجاجةを記録した人が間違ってدجاجهとメモしてしまったとします。そうするとこれは“ハー”なので(単なる名詞だとすれば)“dajaajah(un)”となります。
“ター・マルブータ”と違って“ハー”だったらちゃんと発音されます。“ダジャージャハ”(か“ダジャージャフ”)みたいな感じです。
おそらくこういうことから“dajajah”という綴りになったんじゃないでしょうか。
上に書いたようにアラビア語の翻字の場合“h”は別に長音を表しているわけではないんですが、(少なくとも日本人だったら)これを見たら“ダジャジャー”と読んでしまうのではないかと思います。
なお念のために書いておくと دجاجه ということばも現実に存在します(これは単純な名詞ではなく“彼の鶏”という意味です)
こちらは“dajaajahu” と読みます。“ダジャージャーウ”ではなく“ダジャージャフ”です。
(2014.06.18)
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アッ・ザナブ・アッ・タジャージャ
この場合ダが無声化してタになることはありません。これはコピーするとき間違ったのだと思います。
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ここから先はどう読むのかとどう表記するのかは分けて考えるべきだというお考えの方もいらっしゃるとは思いますが“私見”で書きます。
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ザナブ・アル・ダジャージャ
ダール(د)で始まる単語の前に定冠詞(ال)のラーム(ل)は後続の文字つまりダール(د)が太陽文字なのでこれに同化します。その結果アッダジャージャと読まれます。
「アラビア語の太陽文字と月文字 - サタナラ行の法則」
日本語で「洗濯」は“センタク”、「機」は“キ”と読みますが「洗濯機」はふつう“センタッキ”と読みます。これと同じようなことでしょうか。
ここで日本人ならセンタクキと書いてあってもセンタッキと読む、アラブ人だったらالدجاجةと書いてあってもアッダジャージャと読む、だからアル・ダジャージャと書いてもいいではないか、という考え方もあると思います。
ただ(日本語があんまりわからない)外国人は“sentakuki”と書いてあれば“sentakki”と読もうとはしないでしょうし、日本人も“アルダジャージャ”と書いてあればこれを“アッダジャージャ”とは読まないと思います。
そういうことを考えるとやっぱり“アル・ダジャージャ”と書くべきではないと私は思うわけです。
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ザナブ・アッダジャージャ
ذنب الدجاجةとメモ帳に書いてアラブ人になんと読むか聞くと、私がアラビア語のよくわかってない人間だと思って、ゆっくり「ザナブ....、アッダジャージャ」と読んでくれそうです。というか実際そうでした (^^;;
ذنب الدجاجةは「はくちょう座デネブ (4) - アラビア語の星」の記事に書いた(4)のルールが適用されてザナブッダジャージャと読まれるわけですが、もしゆっくり読んで ذنب、الدجاجة のそれぞれが一つの発声単位になれば(2)のルールが適用されますから「ザナブ....、アッダジャージャ」となるわけでしょう。
外国人に「洗濯機」はなんと読むかと聞かれると「セン....、タク....、キ」と教えそうな気がしますがそれと同じことでしょうか。
日本人なら「セン、タク、キ」と聞いても「センタッキ」と聞いても「洗濯機」を思い浮かべると思います。
でも日本語がよくわかっていない外国人が「セン、タク、キ」と教えてもらって「センタッキ」と言うのを聞くと「え、センタッキって何?」とか「え~っ、さっきはセン、タク、キって言ったのに!どっちがほんとうなの?」という反応を示すかもしれません。これに似た話のように思います。
なお、ذنب الدجاجةをザナブ・アッダジャージャと言ったらアラブ人には通じない、ということはないでしょう。むしろつまりながら「ザナブッダジャージャ」というよりたどたどしく「ザナブ、...アッダジャージャ」と言った方がわかりやすいような気もします。“ザ”の発音は要注意ですが。
(このへんの話になると妄想に近いのであんまり真剣に読まないでください)
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ザナブ(・ア)ッダジャージャティ
これはググってもヒットしませんでしたが、こういう読み方もあり得ると思います。これはアッダジャージャとどっちが正しい(適切)かと論争になりそうな読み方です。
NHKの「アラビア語講座」だとこういう場合アッダジャージャ、アッダジャージャティの両方の発音を示していたケースもあったような気がします(注)
こういうダジャジャーやアル・ダジャージャよりもありそうに思える読み方がネット上に一件もないということがネット上にあふれるデネブのアラビア語名とされているもののほとんどがコピー(あるいはコピーミス)だということを意味していると思います。
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そしてこんなことを考え始めるとめんどくさくなって「ザナブッダジャージャ」でも「ザナブ・アッダジャージャ」でも「ザナブ・アル・ダジャージャ」でももうなんでもいいのではないかという気もしてこないわけでもないです (^^)
まじめに書くと「ザナブ(・ア)ッダジャージャ」みたいな表記は考えてもいいのではないかと思います。「ザナブ」+「アッダジャージャ」だがこの二つの言葉が結びつくことによって(ハムザと)アが脱落して「ザナブッダジャージャ」になるということを意味しているようなつもりです。
こんなことをいろいろ考えてこれからの記事では原則
ザナブ(・ア)ッダジャージャ(ティ)
と表記しようと思っています。ふつうは“ザナブッダジャージャ”と読むという意味で( )を使っています。
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なお“洗濯機”の話は“k”の後の“u”が無声化するとか無声化した“u”が二つの“k”の間にあると脱落するというような日本語の性質が背景にあるわけで、外国人でも日本語のこういう性質を勉強した人(あるいは感覚として身につけた人)であれば「セン、タク、キ」も「センタッキ」も日本人と同じように同じ言葉として受け取るのではないかと思います。
「東京外国語大学 - 言語モジュール - 日本語」
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最後に以上は教科書や辞書にあるアラビア語、つまりフスハー(つまりNHKのアナウンサーの日本語みたいなもの?)で考えています。どこそこの方言(アーンミイヤ)では○○という、みたいな論争(?)は勘弁してください (^^)
「東京外語大学 - 言語モジュール - アラビア語」
ここにエジプトのアラビア語やシリアのアラビア語の説明があるようですから興味のある方はどうぞ。
注
あんまりいい加減なことを書くのもまずいので....
NHK「アラビア語講座」では
صَبَاحُ اؐلْخَيْرِ. おはようございます: サバーフルハイル
の読みとしてテキスト本文では
サバーフルハイリ
を示しています。そして「会話での発音」として
サバーフルハイル
を示していました。これについては放送の中で
「...会話では語尾をきっちり発音しない方が自然....」
という意味の説明がありました。
“発音しない方が自然”ということだと“発音してもかまわない”ということにもなりそうですが...
つまり“ザナブッダジャージャ”は(息を切って読まない限り)“ザナブ・アッダジャージャ”とは読まないのですが、“ザナブッダジャージャティ”は“そう読めないことはない読み方”ということになると思えますし、会話じゃなくて単に読み方を考えているだけ、となると、“ザナブッダジャージャティ”の方がいいんじゃないか、という意見も出てきそうな....
まあ、私も初心者なのでウソは書いていないつもりなのですが、かと言って全部正しいと言い切る自信もないです。このあたりの事情が気になってしようがない方はアラビア語の勉強を始められてもいいのではないでしょうか。
次回はデネブのアラビア語名の意味について考えます。
(「はくちょう座デネブ (7) - アラビア語の星」」に続く)
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「「アラビア語の星」記事目次」
ザナブとかダナブとかアルダジャージャとかアッダジャージャとかアルザナブとか...
カオスと化している(?)はくちょう座α星デネブのアラビア語名の読み方ついて。
「はくちょう座 - デネブ (1)」
「はくちょう座 - デネブ (2)」
「はくちょう座デネブ (3) - アラビア語の星」
「はくちょう座デネブ (4) - アラビア語の星」
「はくちょう座デネブ (5) - アラビア語の星」
「はくちょう座デネブ (6) - アラビア語の星」
デネブのアラビア語名の意味について考えます。
「はくちょう座デネブ (7) - アラビア語の星」
「はくちょう座デネブ (8) - アラビア語の星」
「はくちょう座デネブ (9) - アラビア語の星」
低レベルなアラビア語の話
「アラビア語の子音の分類」
「ひらがなとアラビア文字とどっちがむずかしい?」
「アラビア語の太陽文字と月文字 - サタナラ行の法則」
「アラビア語の定冠詞の読み方のもう一つの規則」
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コメント
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天文、物理だけでなく言語学まで探求されてるのですね(@_@)
私もアラビア語は興味ありますが、セッピーナさんのように精力的になれません^^;
投稿: | 2014年6月12日 (木) 08時41分
凝り性(?)なだけです (^^)
オリジナリティ重視で独自路線で行ってみました。
正しいかどうかはよくわかりません (^^;;
投稿: セッピーナ | 2014年6月12日 (木) 17時30分
ここのところバテ気味でセッピーナさんの濃厚なブログをしっかり読めないでいました(^^;
ダジャジャーと読むことはないという件ですけど、「Dajajah」や「Al-Dajajah」などのラテン文字綴りがあるので、コピーミスというよりここから意図的にダジャジャーが生まれていると思います。
この綴りだけ見ると、他の星名と同じように語尾の「h」は「ー」に変換されてカシオペヤ座δ星ルクバー(Ruchbah)みたいになるのかと。。。
(これはこれで違う要素かもしれませんけど、私には分かりません^^;)
投稿: sadaltemis | 2014年6月18日 (水) 00時33分
ああ、なるほどDajajahというようなラテン文字綴りがあるわけですか。
確かにそれをもとにすれば「ダジャジャー」になりますね。
「ダジャジャー」だったら「dajajaa」のはず、なんでhを使うのだろう?とまでは考えたのですがそこまで考えが及びませんでした (^^;;
記事に補足を入れておいた方がいいですね。
ありがとうございました m(._.)m
投稿: セッピーナ | 2014年6月18日 (水) 01時59分
またWikipedia(英語)で申し訳ないのですけど、「Deneb」の「Etymology and cultural significance」に
ذنب الدجاجة Dhanab ad-Dajājah の最後のhが上付きになってるんです。
この翻字だと普通にhを使うつもりはないということで、何かヒントにならないでしょうか?
āなど特殊な文字を手書きして、タイプライターで打てないとかも昔ならありそうです(^^;
あっ、もう完全に妄想でした(;;;´Д`)ゝ
投稿: sadaltemis | 2014年6月19日 (木) 01時22分
sadaltemisさん
あ、確かに上付きのhがありますね。なんなんでしょう (@@)
音を示しているというより記号(注釈)のようにも見えますが....
ところで記事にあるいろんな方の“説”を拝見して思ったことがあります。
アラビア語は文字が特殊だから(あるいは活字・フォントがないから)ラテン文字に翻字することがあるのだと思います。
問題は翻字されたあとの読み方で
1.翻字してもそれはアラビア語だからアラビア語の発音規則で読むべき。
2.ラテン文字になったのだからラテン文字(ローマ字?)として読めばいい
という二つの考え方があるようです。
私は1.なので上のコメントに書いたようにダジャジャーという読みにどうしてhを使うのだろうと思ってしまうのですが、ahをアーと読むということは2.のように考える方もいらっしゃるということだと思います。
参考までに書いておくと母音+h+子音+....、例えば ahraamaat は2.の考えであればアーラーマートと読むということになるのでしょうがこれは1.の考えであればアハラーマートと読みます(アフラーマートと書いてもいいかも、ピラミッドのことです)
アラビア語の発音規則を適用する前に翻字する、適用した後で翻字する、あるいはその中間系と翻字にもいろいろやり方があるので問題を複雑にしていますね。
投稿: セッピーナ | 2014年6月19日 (木) 07時35分