氷点 - 摂氏0度の作り方
「摂氏零度の作り方」と書いたのですが、“摂氏0.0度の作り方”くらいに思ってください。たぶん“摂氏0.00度”はムリでしょう。
それから以下いろいろなサイトを参考に書いているのですが、いちばん重要なことは断熱をよくすること__熱抵抗を可能な限り大きくすること__だと思います。こういったところは電気回路に置き換えて考えるとわかりやすいと思います(「氷点を電気的モデルで考えてみた」)
仮に熱抵抗を無限大にできたとすれば水に氷が一個浮かんでいる状態でも(水槽全体で均一な)摂氏0度を実現できるはずです。もっともこういう氷が一個浮かんだ状態はセンサーを一個入れただけで大影響を受けると思いますが (^^;;}
その後の経験からの補足
氷点を作る、維持するという意味では容器の断熱性が高い方がいいに決まっているのですが注意しなければいけないことがあります。
氷を追加したとき追加する氷の中心部は0℃よりかなり低いことがあります。そうすると追加した氷が熱を吸収するため水が凍結して細かくして入れたはずの氷が大きな塊になってしまうことがあります。容器の断熱性がいいとこの現象が起こりやすいようです。
追加する氷も細かく砕くなどして温度が均一になるようにしておく必要があります。
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“氷点”を利用した例が
「K型熱電対プローブ(秋月電子通商)による温度測定」
「Pt100(白金測温抵抗体)の校正状況 - 氷点=0.0℃編」
などにあります。
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JISZ8704「温度測定方法-電気的方法」の項目10.3.2に「氷点式基準接点」 というのがあって氷点の作り方が書いてあるのですが、これはたぶん引用しちゃいけないもののような気がします。JISは検索はできるのですがダウンロードはできないとかコピーもできないととか異常にガードが固いです。JISというのはものづくりの基準だと思うので自由に利用できなきゃおかしいように思うのですがそうでもないようです。
そこでいろいろ探したら氷点の作り方についてはこんなものを見つけました。
エヌケイエス株式会社の「『計測器の取り扱い』シリーズNo.5 【氷点式基準接点】」
という記事です。写真つきで説明も具体的でとても参考になります。
それともう一つ
「田中貴金属工業株式会社 浜田登喜夫 - 白金抵抗温度計を用いた精密温度測定」
も勉強になります。
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その後の経験からの補足
以下いろいろ書いていますが、いちばん重要なのは水と氷の境界面が氷水の中のどこにでもいつでもあるような状態にすることです。一言で言えば“水と氷の混合物を作る”でしょうか。“時間あたりの氷の溶ける量が最大になるように作る”でもいいかも。“溶ける量が最大”というのは何%の氷が溶けるかということではなく容器の中で何グラムの氷が溶けるかを考えます。
上に引用した記事・論文や自分の経験を元に「作り方」を書いてみます。
1. 容器
ふつうの魔法瓶でいいのですが、私の場合はこれをさらに断熱材(ウレタンフォームのシート)でぐるぐる巻にしました。容器の熱抵抗は大きければ大きいほど内部の温度分布のむらは少なくなりますし“外乱”にも強くなります。
2. 水と氷
これは摂氏0.0度くらいが目標であれば水道水とそれを凍らせたもので問題ないようです。
もちろん蒸留水だともっといいんでしょうが、この場合、容器や製氷皿も事前に蒸留水で洗浄しなければならなくなりますし、製氷するときもカバーが必要でしょうからとっても面倒なことになります。
ちなみに水の三重点で不確かさ0.0001 ℃以下を実現するためにはただの蒸留水ではなく「海洋水」を蒸留したものでなければいけないと書いたものもありました。
「水の三重点セル 5901 | フルーク・キャリブレーション - Fluke 」
ちょっと考えると水道水を蒸留しようが海洋水を蒸留しようが蒸留すれば同じものだと思うのですが、そうじゃないんだそうです。
水道水の蒸留水と海洋水の蒸留水とは何が違うかというと“同位体組成”が違うそうです。
“標準平均海水”の同位体組成は平成26年版の理科年表だと409ページの脚注にあります。
このあたりの話については
「Wikipedia - Vienna Standard Mean Ocean Water」
が参考になるかも。
水道水でいいと言ってもこれに不純物(例えば塩分)が入ってくれば話が違ってきます。不純物の混入がないように取り扱いには注意します。エヌケイエス株式会社の記事には“素手で扱わないこと”と書いてあります。
不純物による影響を塩を例に考えたものが
「続・水の三重点セルの作り方を考えてみた」
にあります。
不純物がどのくらい混入したかは目で見てもわからないのですが、これはうまい調べ方があります。水の電気伝導度を測る方法です。水の純度が高くなるほど電気伝導度は小さくなり純粋な水は絶縁体といえるほどになるそうです。
水の電気伝導度の具体的な測り方は電極の大きさみたいなものを書いたものは見つけたのですが、どのくらいの周波数で、どのくらいの電圧で、というのがまだ見つかりません(直流を使うと分極の影響が出るので電気伝導度(抵抗率)の測定には交流を使います)
見つかる見つからないは別としててこれはテーマとしておもしろそうなのでそのうち実際にやってみて記事にしたいと思います。
「水の電気伝導度(電気抵抗)を測る - 水の純度の推定」
さらに余談になりますが電気伝導度は温度で大きく変化するようです。となると水の電気伝導度で温度を測る、なんてこともできそうです。
水道水を冷蔵庫で凍らせたものとは言っても製氷皿で作った氷をそのまま魔法瓶に放り込むのはまずいです。摂氏0度は氷と水の境界面の温度になりますから氷と水の境界の面積をできるだけ大きくします。つまり氷は細かくして使います。かき氷を作って使うのがいちばんいいと思います。
とは言ってもかき氷を作るのは面倒です。私は百均で細かいサイズの氷が作れる製氷皿を買ってきてそれで作った氷を使っています。比べてみたのですが少なくとも0.025度くらいの分解能のセンサーで見る限りかき氷との違いはありませんでした。
ただこういうのを使うにしても一度かき氷で作ったものと氷点の温度に違いがないかは確認しておくべきと思います。
その後の経験からの補足
かき氷でなくても氷点は作れると思いますが、サイコロ状の氷の場合氷の中心部の温度が低いと時間が経つに連れて氷同士がくっついてしまうことがあるようです。サイズの大きな氷を使う場合はこういうことにも気を使わなければならなくなるのでけっきょくかき氷の方が安心なのは確かです。
魔法瓶に氷を入れるときはかき氷で魔法瓶を満たし隙間を水で埋めるような感じにするのですが冷蔵庫で作った氷は氷点下なので油断すると氷同士がくっついてしまいます。そうなると大きなサイズの氷を入れたのと同じことになってしまいますので入れる手順とか水と氷の分量に注意します。
その後の経験からの補足
冷蔵庫から出したばかりの冷たい氷を入れたくなりますが、これは時間が経つとくっついてしまう可能性があります。特に追加するときは注意です。氷を入れたときじゅうぶんかき混ぜて氷の温度が内部まで均一になるようにします。
氷は凍っていることに意味があるのであって温度が低いことにに意味があるわけではない、と考えましょう。
長時間使うときはときどき撹拌したり氷を追加したりします。撹拌はかき混ぜるというよりひっついてしまった氷を割るような感じがいいと思います。とにかく氷の表面積が大きくなるようにすることを最優先に考えます。
その後の経験からの補足
うまく氷点が作れるとぜんぜん撹拌しなくても長時間(一晩くらい)氷点が維持できるようです。撹拌しないと温度が上がって行くという場合は作り方かセンサーの設置に問題があると考えた方がよさそうです。
氷は少しずつ融けて行きますので氷点が維持できていると言っても容器の中の氷点になっていない部分がだんだん増えて行きます。基本的には水面に近いところがいちばん安定しているようです。水面に近いところにセンサーを入れる場合は配線を通じて入っていく熱ができるだけ少なくなるように注意します。
「氷点・摂氏0度の作り方と使い方 - センサーの位置と温度の関係」
また氷の追加については
「氷点は何時間維持できるか?」
が参考になると思います。
3. センサーあるいは温度計
摂氏零度を作るのはもちろんセンサーの校正のためですから“氷水”のなかにセンサーや温度計を入れる必要があります。
大きなものであればいったん別の容器に氷水を作りそこで冷やしてからの方がいいでしょう。
またセンサーから引き出す配線にも注意します。センサーからの配線はいったん下側に引き出し上に折り返して外に出すような配慮が必要です。銅は熱抵抗は低いので本数が多いとか断面積の大きな配線を使ったりしていると容器の熱抵抗が半減したりしてしまいます。
なお、金属シースに入ったセンサーのときはどこまで挿入したらいいか、というようなことは「田中貴金属工業株式会社 浜田登喜夫 - 白金抵抗温度計を用いた精密温度測定」に書いてありました。
棒温度計を使おうという方もいらっしゃるかもしれませんが、その場合は温度計の使い方に注意が必要なようです。
こういうものには全侵没タイプと侵没線付きの二種類があり、侵没線付きは文字通り侵没線のところまで氷水につけるわけですが、全侵没というのは温度計全体を氷水につけるという意味ではなく液中の先端つまり摂氏0度のところまでつければいいということみたいです。
そこまでつけられなかったらどうするか、みたいな話は
「日本硝子計量器工業協同組合 - ガラス製温度計の正しい使い方」
が参考になると思います。
侵没線付きは水銀温度計にしかない、というのをどこかで読んだような気もしますがどこだか忘れました。上以外にもいろいろ資料はあると思うので調べていただければと思います。
センサーの位置については
「センサーの位置と温度の関係」
が参考になるかも。
4. 補足
いつもいつも摂氏0度(らしき)温度に持っていけるわけでもないです。より正確に言うと、ちゃんと摂氏0度になったか自信が持てない、という状況があります。
正しく摂氏0度になったことをできるだけ簡単な方法で確認できるようにしておいた方がいいと思います。
これについては
「氷点が氷点であることの判断基準」
「配線を通して伝わる熱」 (判断基準 その2)
も少しは参考になると思います。
私の場合はチェック用サーミスタの抵抗値を精度のわりといいテスターで測るということにしています。サーミスタは温度が上がれば抵抗値は小さくなり、下がれば大きくなります。直線性はあまりよくないのですが感度がとてもいいので僅かな温度変化の検出に向いています。
R0=10kΩ、B=3380Kのサーミスタなんですが、抵抗値が27.10kΩだったらOKと判断しています。温度が0.01度変化すると抵抗値は0.01kΩ変化しましたので27.07kΩくらいまでだった目をつぶることにしています。
氷を入れた直後は別としてある程度時間が経ったあとは27.11kΩ以上の値で安定したのはまだ見たことがありません。だからここを氷点と判断しているわけです。
いうまでもないことですが「私が氷点チェックに使っているサーミスタは摂氏0.0度で抵抗値が27.11kΩになる」というだけの話で同じスペックのサーミスタをもってきても必ず27.11kΩになるわけではありません。
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私の摂氏0度です。
もちろん氷は表面に浮かんでいるだけではなくてぎっしり詰まっています。
かき氷が足りなくなってサイコロ状の氷を追加してあります。
その後の経験からの補足
サイコロ状の氷を追加するときは注意が必要です。詳しいことは上の方の“補足”にあります。
配線が“とぐろ”を巻いていますが言うまでもなく外部の熱がセンサーにできるだけ伝わらなくするためです。
魔法瓶の周囲はウレタンフォームのシートで巻き2リットルのペットボトルの中に入れてあります。使うときは断熱材の蓋をします。
“最後”の0.02度、0.03度__摂氏0.02度というような意味ではなく私が氷点だと信じている温度から0.02度、0.03度高いという意味です__くらいがなかなか難しいです。また油断すると温度が数時間で0.05度くらい上昇してしまいます。
その後の経験からの補足
慣れたら「“最後”の0.02度、0.03度」をクリアするのもそんなに難しくなくなりました。氷点を作るのにはいろいろな要素があるのですが、自分の環境ではどの要素がどの程度影響するかを見極めておくのが重要なようです。
「油断すると温度が数時間で0.05度くらい上昇してしまいます」というのは作り方(あるいはセンサーの設置の仕方)が悪かっただけと思われます (^^;;
原因は
氷が大きすぎた
時間が経過するにつれて氷がくっついてしまった。
センサに配線を通して外部の熱が入っていた
などです。
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関連
「氷点 - 摂氏0度の作り方」 (この記事)
「センサーの位置と温度の関係」
「氷点が氷点であることの判断基準」
「氷点は何時間維持できるか?」
「氷点を電気的モデルで考えてみた」
「配線を通して伝わる熱」 (判断基準 その2)
「水の電気伝導度(電気抵抗)を測る - 水の純度の推定」
「温度計のセンサー比較(温度センサ、サーミスタ、熱電対、白金測温抵抗体、pn接合など)」
「(白金)測温抵抗体(白金薄膜抵抗)の使い方 - 基礎編というか入門編というか....」
「サーミスタで温度を測る - 温度と抵抗値の相互変換 - B定数について」
「サーミスタによる温度測定の精度 - 2 - B定数の温度特性」
「サーミスタで正確な温度を求める方法 - 抵抗値-温度変換計算の精度と誤差」
「サーミスタ温度測定の精度と誤差 - 熱放散定数と自己加熱」
「サーミスタ温度測定の精度と誤差 - 製品のばらつきによる不確かさ」
「熱電対の起電力の近似式 - 起電力と温度の相互変換」
「K型熱電対プローブ(秋月電子通商)による温度測定」
「K型熱電対 ステンレス管タイプ(秋月電子通商)による温度測定」
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だんだんとすごいことになって来てますね( ̄O ̄;)
この仕組みだと摂氏0度はどれくらいの時間持つものなのでしょうか?
投稿: 惑 | 2014年9月19日 (金) 07時22分
はい、とどまるところを知らない、といった感じになってきました (^^;;
摂氏0度ということだったら半日かそれ以上持つかも。
摂氏0.0度ということだったら1,2時間といったところでしょうか。
まだまだ気温が高いので冬が待ち遠しいです (^^)
投稿: セッピーナ | 2014年9月19日 (金) 10時03分
ちなみにちょっと教えてください。
セッピーナさんはオシロスコープは使っています?
投稿: 惑 | 2014年9月19日 (金) 12時24分
使ってません、というか持ってません。
ほしいとは思うのですが、これまでオシロスコープがなくて何かできなかったということはないので私には不要なんだと思います (^^;;
超音波風速計を作るときは必要になりそうな気もするのですが、PICとPCでサンプリングスコープみたいなのを作って、そっちもネタにしようかとも思ってます (^^)
投稿: セッピーナ | 2014年9月19日 (金) 18時23分
ありがとうございます(≧∇≦)
これから勉強していくのにあったほうがいいのかと思いましたが、特に必要なさそうですね。
投稿: 惑 | 2014年9月19日 (金) 18時36分
そうですね。必要か必要でないかは何をやりたいかによるでしょう。
高周波がメインだとかパルスの波形のくずれがとても重要だとか、そういうことをやるんだったら必要だと思います。私はあんまりそういう趣味はないので (^^;;
あんまりちゃちいのを買うとほんとに必要になったとき役に立たないなんてこともあるでしょうから、これをやるためにどうしても必要ということになってから必要なスペックを検討して買えばいいんじゃないでしょうか。
もし勉強で使いたい、ということでしたら周波数を100Hz~1kHzくらいにしてGoldWaveみたいなソフトで波形を見ればいいと思います (^^)
投稿: セッピーナ | 2014年9月19日 (金) 18時54分
それは少し調べてみたんですけど、イヤホンの端子から読み込むやり方のことでしょうか?(≧∇≦)
投稿: 惑 | 2014年9月19日 (金) 20時53分
イヤフォンと言うか、PCの“LINE IN”の端子を使います。
信号レベルが低ければ“MIC”の方でもいいのかも。
こういうのをやろうとすると出力インピーダンスや入力インピーダンスがどうのこうのという話になるわけですが、それはそれで絶好の勉強の材料です (^^)
もしこういうことをやってみたいけれどうまくいかないというのがあれば、私ならこうする、というのは記事に書くなり惑さんのブログにコメントさせていただくなりしますよ。
惑さんが記事にされたら食いつきます (^^;;
投稿: セッピーナ | 2014年9月19日 (金) 21時17分