なぜ左右の脇の下で測った体温(腋窩温)が違うのか - その理由を調べてみた
二つの温度計(測温抵抗体)を両脇の間にはさんで30分くらいの間の体温の変化を記録してみたら左の脇の下で測った温度の方が全般的に高かった、ということを「左脇の下の体温は右より0.3℃高かった - 腋窩温の測定」に書きました。
いつもなら「なぜ右より左の方が高いか考えてみた」になるのですが、解剖学にも生理学にも無知に等しい私にはムリなので必死で調べてみました。
念のために書いておくとこの話は二つに分けて考える必要があります。
・私の腋窩温は左右どちらが高いのか?
・ヒトの腋窩温は一般的に左右どちらが高いのか?
今回調べてみたのはもちろん後者です。
=======
ググっていろいろ見てみたのですが“左の方が0.1~0.4℃高い”としたものが多いです。
実測して常にこういう結果が出るとは思えませんので看護学の教科書か何かにそう書いてあるのでしょう(たいていの場合出典は示されていません)
なぜ左の方が高いのか?
人間の体の左右非対称性を考えたときいちばんに思いつくのは心臓が左側にあることでしょうか。もっともこれも左に心臓があれば左の腋窩温の方が高くなることをきちんと説明できることが必要です。
「大学病院医療情報ネットワーク研究センター - 人体のしくみと働き 2015年度版 - 体温の調節」に(人間の体の)熱の産生と損失について説明してあります。産生が損失を上回れば体温は上がり、下回れば体温は下がります。
安静時は熱の産生の55%が肝臓で行われ、通常生活時は60%が筋で行われるそうです。
損失は体の表面からの放射が60%を占めています。損失には他にもあるのですが伝導、対流、気化熱などを考えても皮膚の表面からのものが大部分です。
人間の体はあんまり熱伝導はよくなさそうなので体の中心部で作らえた熱が皮膚の表面で失われるとすればその熱の大半は血液が運んでいるものと思われます。
-------
「脇の下と口の中の体温をいっしょに測ってみた - 腋窩温と舌下温」で舌下温はあっという間に平衡に達するのに腋窩温は何十分もかかるということを書きました。温度計は小さな測温抵抗体(Pt100、白金薄膜抵抗)を使っていますので熱容量は小さく環境との熱抵抗も小さくなっています。腋窩温が上がるのに時間がかかるのは温度計の問題ではなく血液がからだの中心部から少しずつ熱を運んで来て心臓に貯め(?)そこで(心臓の筋肉の動きで少し加熱され)それから脇の下に送られそこの温度をじわじわと上昇させているからでしょう。
となると左の方の腋窩温が高いとすればその理由は次のいずれかだと思われます。
(いずれも心臓から左の脇の下までの間の熱抵抗が右より低いということを意味します)
A. 心臓から左の脇の下までの血管の長さが短い
B. 心臓から脇の下までの血管の太さが太い
(あるいは心臓から右の脇の下までの血管には細いところがある)
C. 心臓から右の脇の下までの血管の途中が熱伝導率が高いものに覆われている
このことについて書いてあるものをやっと見つけました。
「聖路加看護大学紀要第2号(1974) Vital Singnsに関する教授内容およびその方法の検討(第2報)」
(これ綴りが違ってますが私の転記ミスじゃないです。以下同様)
まず左右の腋窩温を実測した結果についてこうあります。
腋窩温の左右差についてみると仰臥位ではいずれも左腋窩温の方が高く、安静時に0.2℃ 運動後に0.29℃の有意差が認められた。
そしてこのことについて
これは解剖学的に説明されているとうりの結果となった。
そして“解剖学的説明”についても具体的に書いてありました。
左鎖骨下動脈は、大動脈弓から直接でた枝であるのに対し、右鎖骨下動脈は大動脈弓からでた腕頭動脈から右総顎動脈とともに分かれでた枝であることによる。
なるほどやっぱり左と右では形状に違いがあるようです。つまり上に書いたA.かB.のどちらかのようですが、解剖学に関しては“解剖学”という言葉しか知らない私には具体的なイメージがわきません。
そしてこのことと(おそらく)同じことをやさしく説明してあるものを見つけました。
「五本木クリニック院長ブログ - 左右の体温が違うって病気?異常?正しい体温の計り方」
(なかなかおもしろいというか興味深い内容です)
心臓は体の中心より左によっていますし、心臓から体に血液を送り出す太い血管は左方向に出ていますので、結論としては体の冷却システムによって左のワキの体温の方が右のワキより高くなっていることが多いはずです。
どうやら
A. 心臓から左の脇の下までの血管の長さが短い
ということのようです。
-------
これで一件落着かというとそうでもありません。これまで書いて来たこととは矛盾する実測結果があります。
「科学研究費補助金研究成果報告書 乳幼児の母親の体温測定方法と発熱時の対処行動に関する研究 -現状調査と実験から-」
腋窩温では、0.1~0.3℃の左右差があるので同側で測定するようにいわれている
しかし
予測値と深部温値の比較では、右腋窩の予測値が有意に高かった。
実測値と深部温値の比較では、左右腋窩とも有意差は見られなかった。
左右の腋窩温の平均値について比較した結果、有意差が見られなかった。
挿入角度による左右体温差や左右の腋窩の体温差は、有意差が見られなかった
だっとというのです。これは左右の違いもそうですが、体温計の脇の下へのはさみ方についても“常識をくつがえす”ような内容になっています。
ただこれは測定対象は乳幼児のようです。とは言っても上に引用した“腋窩温では、0.1~0.3℃の左右差があるので同側で測定するようにいわれている”というのは小児に関する書籍が出典として示されています。
『小沢道子・片田範子編:標準看護学講座
小児看護学29 第3章 健康障害を持つ小児と看護
F.小児に必要な看護技術 体温 301、
金原出版 1994』
-------
ということでこの“左右の腋窩温の違い”についてはまだまだ調査・研究が必要なようです。
---------------------
参考
「大学病院医療情報ネットワーク研究センター - 人体のしくみと働き 2015年度版 - 体温の調節」
「聖路加看護大学紀要第2号(1974) Vital Singnsに関する教授内容およびその方法の検討(第2報)」
「科学研究費補助金研究成果報告書 乳幼児の母親の体温測定方法と発熱時の対処行動に関する研究 -現状調査と実験から-」
「シチズン・システムズ - よくあるご質問(Q&A) - 電子体温計」
関連
「なぜ左右の脇の下で測った体温(腋窩温)が違うのか - その理由を調べてみた」
「左脇の下の体温は右より0.3℃高かった - 腋窩温の測定」
「腋窩温(脇の下で測る体温)は左右で違うか?」
「脇の下と口の中の体温をいっしょに測ってみた - 腋窩温と舌下温」
「2分で終わる舌下温、30分はかかる腋窩温 - 体温を測るのにかかる時間」
「舌下温(口中温)と腋窩温(脇下温) - 測定方法による体温の違い」
「温度計のセンサー比較(温度センサ、サーミスタ、熱電対、白金測温抵抗体、pn接合など)」
「(白金)測温抵抗体(白金薄膜抵抗)の使い方 - 基礎編というか入門編というか....」
「脇の下恒温槽と体温計で白金抵抗温度計を校正してみた」
「体温計と魔法瓶で校正する白金測温抵抗体 - 36.5度編」
「記事一覧(測定、電子工作、天文計算)」
« (続)TD62308とTD62083 - 恒温槽のヒーターの電源 | トップページ | 4等星の掩蔽(星食) 2015年7月26日 »
「趣味の実験」カテゴリの記事
- 100Ω抵抗器の端子間で発生した火花放電(沿面放電)(2018.07.18)
- Amazonで買った「400000V高電圧発生モジュール」の出力極性(2018.07.15)
- 高電圧モジュールの放電開始電圧 - 針状電極間の放電(2018.07.11)
- 高電圧モジュールの放電開始電圧 - 円筒電極と針状電極(2018.07.09)
- 放電開始電圧をパッシェンの法則から知る(2018.07.07)
この記事へのコメントは終了しました。
« (続)TD62308とTD62083 - 恒温槽のヒーターの電源 | トップページ | 4等星の掩蔽(星食) 2015年7月26日 »
コメント