水道水に同種の金属を入れても電池になる不思議な話
水の電気伝導率の測定は交流を使ってやっています。その結果水の電気的等価回路としてこんなのが得られました。
ただこれは明らかにおかしいところがあります。これだと直流に対する抵抗は無限大になってしまうわけですが、実際には直流でも少しは電気が流れるからです。
そこで今度は直流の特性を測定しようと思うのですが、実験するときの回路定数を決めるためにだいたいどの程度の抵抗があるのかDMMで抵抗値を測ってみました。
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セル定数を決めるときに使った装置(?)はこれです。固定電極、可動電極ともピンヘッダ3本使っています。固定、可動の三つのピンそれぞれに黒、赤、茶のリード線がつけてあります(交流抵抗を調べるときは真ん中の一本しか使っていません)
電極間の抵抗を測っていたら不思議なことに気がつきました。たとえば固定・赤と固定・茶の間の抵抗を測ったときDMMの極性によって抵抗値が異なるのです(たとえば100kΩ弱だったのが極性を逆にすると数MΩになったりします。
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そこで電極間の電圧(起電力)を測ってみます。同一の金属を電解液に入れても電池にならないことくらいは知っていますが、電極間に電圧が発生していないと電極の向きで抵抗値が異なるということにはならないはずです。
固定・黒の電極に対する各電極での起電力
測定電極 | 記事を書いたときの値 (何回かの抵抗値の測定後) |
翌日水を交換して (抵抗値は測らずに) |
固定・茶 | +0.13V | +0.08V |
固定・赤 | +0.03V | +0.01V |
可動・黒 | -0.07V | +0.08V |
可動・茶 | -0.02V | -0.02V |
可動・赤 | -0.10V | -0.07V |
確かに電圧が発生しています。
試しに固定・茶と可動・赤の間の電圧を測ったら0.21Vありました。
翌日電極を洗い、水を交換し抵抗値の測定はせずに電極間の電圧を測った結果が右です。これを見ると電圧は電極に依存しているようにも見えますが可動・黒は符号が逆転しています。ますますよくわかりません。前日の可動・黒はじつはプラスだったとか (^^;;
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まず抵抗値を測ってから起電力を測っていますので、まず最初に考えたのは電気分解の影響です。電気分解の影響であれば抵抗を測るとき極性を逆にしたとき抵抗値が変化することも説明できます。
水を電気分解した電極に電圧計をつなぐと起電力が観察できるという話は燃料電池の説明でよく見ます。もっともこの燃料電池の説明というのは(電極に白金綿や白金黒を使う場合を除けば)ウソッパチらしいです。
電気分解後に起電力が発生する現象に関する説得力のある説明を見るとぜんぜん燃料電池じゃないようです。
「兵庫県立神戸高等学校 - 中澤克行 - 「電気分解した後が,燃料電池になっている」は本当?」
「福島県立相馬高等学校 - 炭素電極電池の可能性を探る ~燃料電池から新しい電池「酸塩基電池」の発見へ~」
まあ燃料電池じゃないにしても起電力が発生するのは確かなようです。
電池になっているとしてもその理屈は難しいです。
「ボルタ電池の起電力とその変化(1.1V,0.8V,0.4V) - みんな自信満々、でも...」
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電極間の起電力が電気分解の影響というのはちょっと疑問を感じる点もあります。全部の電極を使って電気分解をしたわけではありませんし、電極ごとに起電力がずいぶん違います。
電気二重層だったらしばらくたてば自己放電してしまいそうなものですし、上の等価回路にあるようにたいした静電容量ではないのでいくらDMMの内部抵抗が高くても測定すればすぐに電圧はゼロになるはずです。
可能性のあるのは上の高校生の実験報告に出てくる酸・塩基電池(濃淡電池とは違いますが原理的には似ているように思います)の方ですので、まずやってみたのは容器を振って水をかき混ぜることです。これでの酸と塩基は混じり合ってしまうはずです。ところが実際にはかき混ぜたあともだいたい同じくらいの起電力を示しました。
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次にこんな実験をしてみました。
起電力の高い固定茶と可動赤の間の抵抗を測りその後そのまま起電力を測ります。
最初に固定・茶の方にDMMのプラス極をつなぎます。そうしたら6MΩくらいありました。電極間の起電力とDMMの印加電圧電圧が打ち消し合ってしまうため高い抵抗値を示すのでしょう。抵抗値測定直後の起電力測定では0.26Vを示しました。
次に可動・赤の方にDMMのプラス極をつなぎます。こちらは抵抗値が測れませんでした。DMMが異常を示していました。これは電池が直列になって電流が流れすぎたのでしょう。
そしてその後の起電力測定では-0.20Vになりました。これは電極間の起電力が電気分解の影響でないことを示しています。電気分解の結果酸・塩基電池が構成されるのであれば電圧はプラスにならないとおかしいです。
電気分解の影響でないことにはもう一つ根拠があります。DMMで抵抗値を測るとき測定対象にどの程度の電圧がかかるか調べてみました。意外と低くて0.1Vとか0.2Vくらいのようです。とするとそもそも電気分解は起きていないはずです。
一方電気二重層の影響であれば電圧とは関係ありませんし、電極ごとに電圧が異なってもおかしくはありませんが、電気二重層の影響が出るには電極に炭素(活性炭)みたいに実質的な表面積が大きなものであることが必要と思われます(「電気二重層キャパシタを作る実験と水の電気伝導率(電気抵抗率)の測定に白金黒を使う理由」参照)
ということで何が原因で起電力が発生しているのかさっぱりわかりません。
起電力が発生している理由はどうでもいいと言えばどうでもいいのですが、起電力があると水の抵抗値をまともに測れないわけでとても困ります。「“Lチカ”を水に沈めて点滅するか?」に書いたデジタル時計を水の中で動かすプロジェクトももっとよく検討した方がよさそうです。
このあたりにヒントがあるのかもしれませんが....
「佐藤教男 - 腐食反応の電気化学(JSTAGE)」
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「水の電気伝導度(電気抵抗)を測る - 水の純度の推定」
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関連
「測定対象別記事一覧(測定、電子工作、天文計算)」
温度、気圧をはじめいろんな物理量の測定方法について
「水の電気伝導度(電気抵抗)を測る - 水の純度の推定」
「水道水の電気伝導度(電気抵抗)の温度特性を測ってみたけれど....」
「セル定数に依存しない水の電気伝導率(導電率、抵抗率)の測定方法 - ジョーンズセルをヒントに」
「続・セル定数に依存しない水の電気伝導率(導電率、抵抗率)の測定方法」
「東京都水道局水質検査結果から水道水の電気伝導率(電気抵抗率)を予想する」
「塩化カリウム標準溶液(導電率標準液)の作り方 - 電気抵抗率計・電気伝導率計の校正」
「電気二重層コンデンサができている? - 水の電気抵抗とリアクタンス」
「セル定数を求める - 水道水の電気伝導率(抵抗率)を測る」
「水道水の電気伝導率(抵抗率)を測る - これまでのまとめ」
「水道水の電気伝導度(電気抵抗)と静電容量(キャパシタンス) - 電気二重層について」
「電気二重層キャパシタを作る実験と水の電気伝導率(電気抵抗率)の測定に白金黒を使う理由」
「蒸留水(精製水)の電気抵抗率(電気伝導度)を測ってみた」
「続・蒸留水(精製水)の電気抵抗率(導電率)を測ってみた」
「“Lチカ”を水に沈めて点滅するか?」
「水道水に同種の金属を入れても電池ができる不思議な話」
「水の電気抵抗(電気伝導度)を測るときの周波数、電圧、波形、温度、電極」
「ボルタ電池の起電力とその変化(1.1V,0.8V,0.4V) - みんな自信満々、でも...」
「氷点 - 摂氏0度の作り方」
「水の三重点セルの作り方を考えてみた」
「過去記事の一覧(測定、電子工作、天文計算)」
参考
JIS K 0213 分析化学用語(電気化学部門)
JIS K 0130 電気伝導率測定方法通則
JIS K 0102 工場排水試験方法
JIS K 0557 用水・排水の試験に用いる水
「第十六改正 日本薬局方 」 (2.51 導電率測定法、常水、精製水、注射用水、等)
「日本分析機器工業会 - 分析の原理
- 電気化学測定の原理と応用 - 電気伝導率計の原理と応用 」
「産業技術総合研究所 - (技術資料)電気伝導率標準液に関する調査研究 」
<== 他の資料には書いてないようなことが書いてあり参考になります。
「佐藤教男 - 腐食反応の電気化学(JSTAGE)」
「【化学補助教材】 放送大学:濱田研究室 - 第14章 エネルギー変換の化学 - 3.電気分解」
「HORIBA - LAQUA - やさしいpH・水質の話 」
「栗田工業 - 水処理教室 」
「日本冷凍空調学会 - 用語集 - 超純水」
「八光電機 - 熱の実験室 」 <== おもしろいです! 氷の電気伝導度とかあります。
「雑学 H2O - 水質の化学」 <== 興味深い記事があります。
「東所沢 2-31-12 - 溶液の電気特性 <== 実測値があります。
- 1章:溶液の電気特性測定用電極の製作
- 2章:A、B、C電極の水道水テストとD、E電極の試作
- 3章:食塩水の電気特性 」
「厚生労働省 - 水質基準項目と基準値(51項目) 」
「東京都水道局 - 水質検査結果」
「川崎市上下水道局 - 水質検査結果 」 (工業用水の電気伝導率の測定結果があります)
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