ボルタの電池の初期電圧はなぜ1.1Vなのか?
電気もそうだしたいていのものはそうなんでしょうが化学現象というのは何かが起きてもそれがどういうメカニズム(原因)で起きたか目でみてもわからないわけでいろいろと“推理”(?)することになります。ボルタの電池が最初1.1Vの起電力があるというのはいろんなところに書いてあるわけですが、その理由を書いたものは意外と少ないようです。
いろいろ探してみたら「ボルタ電池の起電力とその変化(1.1V,0.8V,0.4V) - みんな自信満々、でも...」に書いたように二つの説があります(前記事もこの記事も引用元の内容を私の言葉でまとめたものです。ちゃんと考えたい方はオリジナルの記事、書籍を読んでいただいた方がいいと思います)
なおこの記事はボルタの電池の本来の起電力は0.8Vであって、反応初期だけ1.1Vになるという考え方(とらえ方)を前提としています。1.1Vがボルタの電池の本来の起電力とするものもあります(たとえば「Wikipedia - ボルタ電池」)がそういうものにはたいていなぜ1.1Vかというのは書いてないようです。
それからOKWAVE系あたりにはもっとおもしろい説もあるのですがそういうのは省略します。
またこの件について
渡辺正他「基礎化学コース 電気化学」 丸善、2001
に次のような一文があるので紹介しておきます。
ボルタ電池はこれほどに複雑だから、中学や高校では“電気が発生する”事実だけ見せればよい。あやしい“分極”などという言葉をもち出して電圧の値を云々するのは、もういいかげんにやめよう。
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ボルタの電池の初期起電力が1.1Vであることの二つの説
1. 空気中に保存していた銅板は表面が酸化しているため反応の初期にはCuOの還元が起きる。この分+0.337VとZnの酸化の分-0.763Vの差になるので1.1Vとなる。
要するにボルタの電池も初期にはダニエル電池みたいな動作をしているという説です。
「大阪教育大学付属天王寺中学校 - 岡博昭 - 電池教材に関する一考察 -ボルタ電池の問題点を中心に- 」
「哲猫 - ボルタ電池の問題点」
2. 反応初期ではZnイオンが極端に少なく負極の電位は-0.9Vとなり、水素の分圧はほとんどゼロであるため正極の電位は+0.2Vとなり起電力はその差1.1Vとなる。
「日本化学会編 - 教育現場からの化学Q&A - 丸善株式会社、1992」
Q.092 ボルタ電池の起電力は、初め1.1Vなのに0.4Vに落ちるのはなぜですか。
なお2.は正極におけるCuOの還元の影響についても言及しています。また
渡辺正他「基礎化学コース 電気化学」 丸善、2001
は(断定的なものではありませんが)負極についてはは2.説、正極については1.説をとっています。
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最初に読んだのが1.説だったのでCuO還元説が正しいと信じていたのですが、2.を読んで考えが揺らいできました。-0.763Vとか+0.337Vというのは標準電極電位と言われるもので、なんでもこれで考えてしまうというのは確かに間違っていそうです。電極電位が常に一定だと考えると濃淡電池というようなものが成り立たなくなります。でも1.にも一理あるように思えます。
そこで1.が正しいか2.が正しいかどうやって決着をつければいいかを考えてみました。
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1.と2.ではボルタ電池の初期状態ということの意味が違っています。
1.でいう初期状態は電極に使う銅が酸化していることを言っています。2.でいう初期状態はZnイオンが少なく水素の分圧が低い状態のことを言っています。
第1案
実験の途中で希硫酸を入れ替えるというのはどうでしょう。1.説が正しければ起電力はほとんど変化しないはずですし、2.説が正しければ入れ替えた時点で起電力が大きくなるはずです。
<==== 電極近傍のイオン濃度や水素の分圧はすぐに変化してしまいそうなので、電解液を入れ替えるよりかき混ぜながら実験するという方がいいかもしれません。
第2案
正極を白金にして実験してはどうでしょう。ボルタ電池の起電力は原理的には正極が何でできているかは関係ないはずなので白金電極の初期状態で銅と起電力が違っていれば1.説が正しく、同じ起電力が得られれば2.説が正しいということになります。
もっとも白金と銅では水素過電圧が違うということなのでその分を考慮する必要がありそうでややこしくなりそうです。ただ水素過電圧は電流密度に依存すると思うので開放電圧で比較すればいいような(これは私の想像です)
それから2.説が正しいとすれば白金電極を使ったとしても亜鉛イオンが増え水素の分圧が高くなるにつれて起電力は低下していくはずです。これは1.説を完全に否定することはできませんが、2.説の正しさを補強する材料にはなりそうです。
なお電極は亜鉛よりイオン化傾向の小さなものならなんでもいいような気もします。あるいは炭素棒とか。
<=== 炭素を電極に使うのだけはやめた方がいいようです。炭素を使うと正極活物質が酸素になってしまうみたいで何が起きているかよくわかりません。
第3案
1.説が正しければ酸化銅が全部還元されたらそこで電圧が大きく変動しそうです。一方2.説が正しければ電圧は緩やかに変化していきそうです。
ただ酸化銅が1分子でも残っていたら1.1Vでそれがなくなったら突然0.8Vということはないでしょうし、亜鉛イオンや水素分圧が電位にどういう影響の仕方をするかちゃんと調べてからでないと実験してもその結果から結論は出せそうにありません。
<==== 変動の時間のオーダーがよくわかりません。亜鉛イオンは電解液全体ではなく電極近傍の濃度が問題になるわけで、これはあっという間に高くなってしまうように見えます。
また“酸化銅が全部還元されたらそこで電圧が大きく変動”というのは実際やってみるとちょっとあやしいです。ただ酸化銅の量は前処理である程度コントロールできるので酸化銅が影響を与えるか否かは実験で検討することは可能なようですし、影響があるのは確かなようです。
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身近にあるもので電池を作って電圧を測ったりするとどうなるのか試してみました。ただし電圧と言っても開放電圧です。「微小電流の測定 - J-FET入力オペアンプのバイアス電流(NJM072D)」 の回路を流用して起電力を測定しています。使っているオペアンプはCMOSのNJU7034Dです。バイアス電流は-0.5pAだったので電池の負荷を2TΩの抵抗にしたのと等価になると思います。
その1 水道水にアルミニウム針金とシャープペンシルの芯
5000秒あたりの段差は確かアルミの電極を取り出してサンドペーパーをかけたんだったと思います。こうやってグラフを見ると別にそうすることもなかったような....
途中から落ち着いてきますが、はじめの方は電圧の変動が激しいです。何が起きているのかわかりません。あとの方は定常状態になっているとも言えますが電圧は徐々に低下しています。開放電圧を測っているとは言ってもアルミ電極の方は何か起きてそうでアルミの表面の状態や電解液(水道水)の組成が徐々に変化しているのかもしれません。
上の0.4vから1.0Vの範囲を拡大したもの
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上に純米酢少々追加したもの。
こちらは最初の部分のデータが失われてしまい、途中からのデータです。最初は上と同じくかなり大きく変化していたように思います。
グラフは定常状態になってからのものと言っても上と違って電圧はほとんど一定です。
電解液が酸性かそうでないかで起きる反応が違うはず(=起電力も違ってくるはず)、とかあるのでぼちぼちやってみたいと思います。
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関連
「ボルタ電池の起電力とその変化(1.1V,0.8V,0.4V) - みんな自信満々、でも...」
「ボルタの電池の初期電圧はなぜ1.1Vなのか?」 (この記事)
「ボルタの電池風電池の起電力 - 銅/炭素+酢酸+アルミニウム」
「塩橋(隔壁、液絡)をティッシュで代用してみた - ボルタの電池風電池の起電力」
「測定対象別記事一覧(測定、電子工作、天文計算)」
温度、気圧をはじめいろんな物理量の測定方法について
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