水の電気分解 - セスキ炭酸ソーダ/炭素電極 低電圧編
ググると水の電気分解について書かれたものはいろいろあるのですが、次の二種類をよく目にします。
1. 水の電気分解についての理屈の説明
2. 水の電気分解はどういう条件で行うべきかの検討
前者は生徒(あるいは受験生)向けのようで、必ず、水の電気分解すれば酸素と水素が1対2で発生する、ということが書いてあります。
後者は化学の先生向けのものだと思いますが、水を電気分解したとき発生する酸素と水素の体積が1対2にするにはどういう条件で実験したらいいか、というようなことが書いてあります。つまり、1.の理屈を実験で納得させるにはどうしたらいいか、ということでしょう。
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私がそういうのを書いてもぜんぜん意味がないと思うのでちょっと斜めの方向からやってみたいと思います。例えば酸素と水素が1対2で発生しないとすればそれはどういう理由によるものか徹底的に検証するとか。
今回は 「水の電気分解 - ほんとうに1.23V必要なのか?」 の続きで1V~2V程度の電圧をかけて電気分解の始まる電圧というのを特定できるものなのかやってみようという試みです。
前回とは実験方法を少し変えてみました。
電解液はテトラトリタ炭酸ナトリウム水溶液でこれは変わらないのですが、電極はシャープペンシルの芯にしました。芯の製法からすると炭素電極と考えていいように思えます。
それから前回は電流を変化させて電極間電圧を測るという方法を採ったのですが、今回は電極間電圧を変化させて電流を測るという方法にしました。そして電圧は極力変化率を小さくするようにしました。前回の実験で(特に電流が小さいとき)定常状態(平衡)に達するのにとんでもなく時間がかかったのでできるだけ定常状態(に近い状態)を維持しようと思ったからです。
Rxが“電気分解装置”です。それに印加する電圧はオペアンプ(積分回路)で作っています。今回は電圧の変化率は -0.00005V/sくらいにしてあります。だから一回の実験に10時間かかります。
Rは1kΩで始めたのですが、流れる電流が10μAのオーダーになったので途中で100kΩに変えました。Rをダイオードにして対数圧縮してもいいのですが、特性をちゃんと調べたダイオードがなく抵抗を取り替えることにしました。
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実験結果の全体
今回は電流密度ではなく電流そのものをプロットしています。電流密度は電流を電極面積で割ればいいのですが、電極を円柱と考えたときの表面積が電極面積と考えれば電流値(mA)を2倍したものがだいたいの電流密度(mA/cm^2)と考えていただければいいと思います。
電圧は一定の変化率で下がっていくのですが、電流は最初は急に減っていきその後だらだら下がっていくようなグラフになっています。
気になるのは28,000秒経過したあたりからグラフが太くなるように見えることです。
このあたりがよくわかるように拡大してみました。
電気分解というのは点の現象ではなく面の現象なのでそんなにきれいなグラフにならないだろうとは思っていたのですが、28,000秒経過してからの動きはかなりヘンです。
一つの電圧に対して二つの電流値がありその間を行ったり来たりしているようです。つまり一つの電圧に対して二つの状態がありそのどちらの状態をとるかはやってみないとわからない、というようなことになっています。
上のグラフを電圧=電流のグラフに直してみます。
とうぜんこちらも2本に別れるのですが、別れ始めるのは1.3Vあたりのようです。水の電解に必要な電圧は1.23Vとされますが、この1.3Vというのがそれと関係あるのかないのかよくわかりません。
2Vの方から続く下側の線は電圧が下がるに連れて徐々に電流も減っていくのがわかりますが、一方1.3Vのところから始まる上側の線は電圧が下がってもあんまり減っていないのがわかります。
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電気分解についてよく書かれているのは、電気分解が起きるから電流が流れるのであって、電流が流れるから電気分解が起きるのではない、ということです。
とすればある特定の電圧以下では電気分解は起きないわけですから、電流も流れなくなるはずです。
上の実験は電圧を下げていくと電流が流れなくなる瞬間があるのではないかと思ってはじめたのですが、実際にはそういうものでもなさそうです。というより、電圧を下げていくと電流が流れ始める瞬間があるようにも思える結果です。また電流が流れるのは電気分解の他に電気二重層の充放電があるのですが、それ以外に第三の理由がありそうです。
右側から伸びる線は電気分解の電圧電流特性を表していると思われますが、1.3V以下では電気分解とは違う現象が起きているようにも思えます。となると1.3V以下のデータを信用してもいいのかという疑問もあります。
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鉄の電極を使って電流を変化させながら電圧を測るという実験をしたときはこのような結果が得られました。
(「水の電気分解 - ほんとうに1.23V必要なのか?」 より)
こちらは電流を変化させながら測っていますので、一つの電流に対して電圧値が二つあることを示していますが、点線のような動きがあるはずと仮定すれば確かに一つの電圧に対して二つの電流が存在するはずです。
今回のグラフと比較すると、点線部分はもっとx軸と平行に近いのかもしれません。
じつは上の結果は鉄電極を使ったため(鉄がイオン化しているから)と思って、今回はシャープペンシルの芯にしたのです、ひょっとしたらこういうのは一般的な現象なのかもしれません。
で、けっきょく今回も水の電気分解の始まる電圧はよくわからないという結論になります。
上に書いたように前回の結果と今回の結果には似通ったところもあるのですが、一方前回は電流が1μAを切っても電圧は1.4Vくらいあったわけで、そこは今回とは違います。
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流す電流が小さいので気泡は見えませんし、陽極(左)も陰極(右)も見た目は変わりません(鉄だと微小電流でも流し続けると電極の見た目が変わってくるようです)
この電極を途中から電解液につけるというやり方は問題がありそうな気がするのですが、適当な対応策が思いつかなくて、そのままやっています。
電解液より上には変化が起きています。
シャープペンシルの芯に毛管現象(?)で吸い上げられたテトラトリタ炭酸ナトリウム水溶液の水分が蒸発し、炭酸ナトリウムか炭酸水素ナトリウムの結晶ができているようにも思えます。
これを見たとき陰極(右側)にだけ析出があると思ったのですが、写真をよく見ると陽極(左側)にも(見た目はちょっと違いますが)できています。
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参考
渡辺正・金村聖志・増田秀樹・渡辺正義 「基礎化学コース 電気化学」 丸善、2001
「【ナレッジ】酸素化電圧について教えてください」
「鈴木智恵子・居林尚子 - 水の電気分解における電極と電解質の関係についての再検討」
「谷川直也・森勇樹 - 水の電気分解の実験条件に関する再提案」
「田中貴金属 産業用製品 - 様々な場面で使用される不溶性電極」
日本化学会編 「教育現場からの化学Q&A」 丸善、2002
「化学のはてな? - 221 純水の電気分解」
「加熱による水の電気分解装置の工夫」
「CiNii - 純水の電気分解実験(私の工夫)」
「哲猫 - 電気分解に於ける電極の溶出 (マイクロスケールケミストリー)」
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コメント
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何か新しい現象を発見されたのでは!
グラフ線が2つ分かれるのは電極近くで水が2つの物性を示しているということですよね。
投稿: ほよほよ | 2016年4月17日 (日) 19時37分
“たぶん”ですが、電極か電解液の不純物が原因なのかもしれません。
1.23Vの壁を突き抜けてしまったのは決定的にまずいので、今電流を変化させて電圧を測る方法に切り替えて再測定中です。
別に新発見でなくても、ググっても見つからないようなことならそれはそれでうれしいのですが (^^;;
電気化学というのは、“実験してもなかなか教科書と同じ結果にならない”というところが(その原因が自分の勘違いにあったとしても)おもしろいです。
投稿: セッピーナ | 2016年4月17日 (日) 20時00分