カルシウム炎色反応のスペクトル画像とその波長
この炎色反応のスペクトルの撮影というのは(ナトリウムは例外として)おそろしくたいへんです。目で見たりデジカメで撮ったりするとけっこう明るいように見えますが簡易分光器を通して写真に撮るとぜんぜん写っていなかったりします。
ググッても炎色反応の写真はいくらでもあるのですが、分光写真はほとんど見つからないです。
やっと見つけた数少ないスペクトル写真
「手作り簡易型分光器・CCDカメラ・コンピュータを活用した発光スペクトル教育用演示システムの開発」
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思いの外暗いので長時間露光が必要になります。つまり少なくとも数十秒間炎色反応が続くようにしなければなりません。これもまた難しいです。ただこれはいい方法が見つかりました。
「山梨県立上野原高等学校 科学部 - アルコールランプで炎色反応」
今回はここに書いてある方法を使わせていただきました。カルシウムの場合塩化カルシウム少量をアルコールの中に溶かしておけばいいようです。具体的にはアルコールランプに燃料用アルコール(メチルアルコール 85% + イソプロピルアルコール 15%)を八分目まで入れそれにキャンドゥで買った家庭用の除湿剤から20粒を取り出し溶かしてあります(濃度が上の資料と一致しているかどうかはわかりません)
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まず蛍光灯をつけた部屋の中で炎色反応の写真を撮ります。
これは蛍光灯のスペクトルから画像位置と波長の近似式を作るためです。
ナトリウムの輝線が目立ちますが除湿剤の中に塩化ナトリウムが混じっているのでしょう。とにかくナトリウムはちょっとでもあれば輝線が出てしまうようです。
<== よくよく考えるとこれはおかしいです。今回のアルコールランプのアルコールに対象物質を溶かす方法では塩化ナトリウムの炎色反応は見られないとありました。なぜなら塩化ナトリウムがメチルアルコールにほとんど溶けないからです。
ということはアルコールランプの芯にナトリウムの化合物が含まれているか、芯に塩化ナトリウムが付着してしまったということかもしれません。
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611.3nmは蛍光灯の蛍光物質のルミネッセンスですがピークが鋭いのでこれも画像位置と波長の関係を決めるとき使います。
例によって「スペクトル画像(分光写真)を数値化(グラフ化)する方法」で数値化してグラフにします。
蛍光灯は直接分光器に入射していないので弱くここではナトリウムの輝線が際立っています。グラフは100でうちきってありますがナトリウムの輝線は完全に飽和(=255)しています。
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次に蛍光灯を消して炎色反応(とアルコールランプの炎)だけの画像を撮ります。
グラフ
これはナトリウムとカルシウムの輝線が混じったもののはずですからナトリウムの輝線は除外する必要があるのですが、D線以外にはないようです。
参考 高圧ナトリウムランプのスペクトル
正しくはナトリウムとカルシウムとメチルアルコール(+イソプロピルアルコール)のスペクトルです。アルコールの輝線(バンド)もあれば除外する必要があるのですが、うっかりアルコールだけのときの画像を撮るのを忘れました (^^;;
カルシウムらしい輝線(バンド)の波長は上の画像の中に書き込んでありますが、いずれも輝線とは言えないようなものです。蛍光灯の蛍光物質のルミネッセンスの方がよほどシャープなわけで、どれもバンドスペクトルなのでしょう。
上の画像には短い波長が含まれていませんが、これは別に撮影したところ炎色反応らしき輝線(バンド)はみあたりませんでした。
601nmはなんとなくあやしいです。炎の(位置や温度の)ゆらぎを反映しているように見えます。576nmも601nmと同じで炎の発光している部分がナトリウムD線とは違っているようです。この二つはおそらくアルコールランプのものなのでしょう。アルコールランプ単独のスペクトルを撮っていないのが悔やまれます(この部分は迷光の可能性もあります)
けっきょく554nm、620nmがカルシウムのスペクトルと思われます。
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答え合わせをしたいのでカルシウムの炎色反応でどんなスペクトルが見られるか調べたのですが諸説あってよくわかりません。
調べた範囲でまとめてみました。順番にはぜんぜん意味はありません。炎色反応の結果だけではなく原子吸光法や発光分析用の波長も集めてあります。
「手作り簡易型分光器・CCDカメラ・コンピュータを活用した発光スペクトル教育用演示システムの開発 - Ca・Ba・Cuの炎色反応スペクトル」 |
550.0nm 600nm~700nm |
日本分析科学会編、分析化学便覧改訂二版、丸善(1971) |
「近畿大学理工会学生部会化学研究会 - 炎色反応」 |
622nm | 高等学校 化学Ⅰ P. 114 野村裕次郎ほか8名 数研出版株式会社 |
「いつも瀕死です。 - 炎色反応@自然科学総合実験」 |
Ca 422nm Ca+ 393.77nm CaOH 554nm、602nm、622nm |
分光化学辞典(共立出版) 付録 炎光分析に用いられる線スペクトルおよび帯スペクトル |
「日本化学会ディビジョン - 原子発光・ ICP 発光分析」 |
温度 2,600 度の空気-アセチレン炎により..、カルシウム( 393.4nm)の発光を高感度で測定することが可能である | |
「かたかご - 身の回りの化学 - 炎色反応の実験結果」 |
422.7nm (554nm) (622nm) ( )はバンドスペクトル(かたかご - 身の回りの化学) |
|
日本化学会編 「化学便覧 基礎編2 改訂3版」 丸善 (1984) 分光測光に用いられるおもな原子スペクトルの波長 |
原子吸光法 422.7nm フレーム発光法 422.7nm、554nm分子バンド、622nm分子バンド 発光分析法 422.67nm、445.48nm、616.22nm、393.37nm、396.85nm |
554nm、620nmがカルシウムのスペクトルというのは間違いなさそうです。ただ422.7nmが写っていなかったのは不思議です。アルコールランプを使ったため励起できるだけの温度が得られなかったのかもしれません。「日本化学会ディビジョン - 原子発光・ ICP 発光分析」 を見ると393.4nmでは2600℃というような高い温度が必要なようですから422.7nmはアルコールランプ程度では見られないとも思えます。
なお上の二つの波長はいずれも輝線ではなく帯状に見えます。バンドスペクトルについては
「吾唯知足 〜 吾が身の丈 身の程 身のこなし〜
- 理科教科書における光スペクトル再定義の必要性(白熱灯・蛍光灯・LEDを理解する)」
に
バンドスペクトルは,分光学の用語では,分子の振動,回転構造を指します.例えば,プラズマ中の水素分子(Werner-band, Lyman-band, Fulcher-band),窒素分子(1st positive, 2nd positive etc), HCl, CHラジカル,C2ラジカル(C2 スワンバンド)など,かなり有名なものがあります.これらは,一見帯状に見えますが,分解能のよい分光器で測定すると,輝線の集合からできていることがわかります.
とありました。上の「かたかご - 身の回りの化学 - 炎色反応の実験結果」 と化学便覧には“分子バンド”という記述があるので554nmも620nmも分解能を上げれば分離できるのかもしれません。ただ現状ではこれ以上分解能を上げるのはムリっぽいです。
バンドスペクトルについては
「かたかご - 身の回りの化学 - バンドスペクトル」
にも説明があります。
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補足
ほぼカルシウム(とナトリウム)の炎色反応だけによるスペクトル画像らしきものが撮れましたので追記しておきます(グラフは省略します)
ピークが554nmのところは550nm~556nmくらいの間にバンドスペクトルがあります。622nmの方は616nm~628nmくらいのところにバンドスペクトルがあります。こちらはピークはあんまりはっきりせず621nm~626nmの範囲はだいたい同じ強度です。
いずれもスペクトルの構造をうかがわせる強度の変化があります。もう少し高い分解能で撮ることができればおもしろそうですが....
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撮影条件
それぞれの項目については
「CD/DVD簡易分光器設計のポイント」
「(詳細撮影条件付き)三波長型蛍光灯の分光スペクトル」
を参考にしてください。
なお補足の画像も撮影条件はほとんど同じですが、遮光板を入れてあるところが違います。
対物レンズ | 使用せず | |
スリット | タバコ内包紙 | |
間隔 0.4mm | ||
長さ 3mm | ||
遮光板 | 使用せず | 入れ忘れ |
間隔 ----- | ||
長さ ----- | ||
コリメーター | 使用せず | |
回折格子 | DVD-R 一次回折光 |
保護層を取り除き エチルアルコールで洗浄 |
格子定数 740nm | 格子密度 1350本/mm | |
分散軸の方向の長さ ≒40mm |
切り出したままを使うとこの長さになります。 | |
クロスディスパーザー BPF |
使用せず | 不要 |
光源 | アルコールランプ | アルコールに少量の塩化カルシウムを溶かしてあります。 |
光源スリット間距離 | 50mm | |
スリット・回折格子間距離(Ls) | 180mm | |
スリット・遮光板間距離 | ------- | |
回折格子レンズ間距離(Lc) | 可能な限り近づけて設置 | |
画像中心波長 | 557nm | |
半値幅 | 0.4nm以下 | 撮影結果に基づく推定値(λ=590nm) 色分解能 1500以上 |
入射光と回折格子のなす角(θ1) | 約12.8度 | 撮影結果に基づく推定値 λ= 557nm |
回折格子とカメラ光軸のなす角(θ2) | 約77.2度 | 〃 |
入射用パイプの中心軸とカメラ光軸のなす角(θa) | 約90度 | 設定値 |
レンズ | TAMRON A06 AF28-300mm Ultra Zoom XR F/3.5-6.3 LD Aspherical [IF] MACRO |
|
カメラ | PENTAX Q7 | |
絞り値 | f/3.5 | |
露出時間 | 25秒 | |
ISO速度 | ISO-1600 | |
焦点距離 | ≒28mm | 35mm焦点距離 ≒130mm |
フォーカシング | Hg | |
記録形式 | JPG及びDNG | |
特記事項 | WB: CTE カスタムイメージ: ナチュラル 高感度NR: 弱 ハイライト補正: OFF シャドー補正: OFF |
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分光器の応用
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スペクトルに関する資料集
スペクトル(画像)の実例
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