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2016年7月19日 (火)

恒星の視位置に対する固有運動と視線速度の影響

以前 恒星視位置(赤経・赤緯)計算が間違ってました!に固有運動の計算で星表にある固有運動の赤経成分の取り扱いが間違っていたことを書いたのですが、またまた固有運動の計算に間違いが見つかりました。

恒星位置の計算に何らかの間違いがあることは昨年末に気がつきそのことは バーナード星の視位置計算の誤差の原因を調べる - 1に書きましたが、どこがどう間違っていたかについては書いていませんでしたので、遅ればせながら書いておきたいと思います。

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まず固有運動の赤経成分の取り扱いを修正する前の2014年8月以前のExcelでシリウスの視位置を計算したものです。2014年の30日ごとの日付の中央標準時0時の視位置を国立天文台暦象年表の値と比較したグラフです。
Sirius_13


全体的に見ると“の”の字が逆にしたような動きになっていますがこれは楕円形をした年周光行差による運動に歳差+固有運動の(ほぼ)直線運動が合成されたものになっているからです。1月1日と12月28日の点を結ぶ線分が歳差+固有運動ということになりますが、その大部分は歳差によるものです。このグラフは章動と年周視差の影響も含まれているのですが、このグラフだけではそれがどのような動きをしているのかは認識することはできません。

赤い線(暦象年表)に比較して黒い線(計算結果)がわずかに左にずれていますが、これが固有運動の赤経成分にcosδを二回掛けてしまったことによる影響です。

赤経成分の計算が間違っているので左右方向(赤経方向)に影響が出ています。

この誤差は0.00015度くらいです。f=1950mmの反射望遠にAPS-Cのカメラを(直焦点で)つけて撮影したとき 0.000010度が画像の0.1ピクセルに相当しますので同様の条件で1.5ピクセルくらい違っていることに相当します。

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次に赤経成分の取り扱いが間違っていたのを修正したときの結果です。

Sirius_14

ほとんど重なっています。数値を調べると誤差は0.00001度以下になっています。つまり上の条件で撮影したときの画像で言えば0.1ピクセルも違っていないということになります。

このくらいの精度で計算できると掩蔽の予測計算ではまったく問題ありません。月の輪郭の凹凸の影響の方が大きくなるからです。また“バーナード星の固有運動と年周視差を観測するプロジェクト”(固有運動や年周視差はアマチュアには無縁なものなのか?など)でも問題なく使えるはずです。

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修正したものを使ってバーナード星の位置の変化を調べ始めたのですが、どうもおかしいのです。画像上の他の恒星との位置的な相対関係から求めたバーナード星の位置が計算した結果と違っているとしか思えないのです。

バーナード星についても上と同じことをしてみます。

2014年8月以前のExcelを使った計算結果

Barnard_13b

シリウスよりちょっと小さいくらいの0.00001度くらいの誤差があります。

これも2014年9月以降のExcelで計算し直してみます。
Barnard_14


相変わらず0.0001度くらいの誤差があります。バーナード星はシリウスよりずっと天の赤道に近いところにあります。だからcosδを一回掛けようが二回掛けようが結果はほとんど変わらないのです。しかもバーナード星の固有運動の赤経成分は赤緯成分に比べてずっと小さいです。つまり上の誤差はもっと他のところに原因があります。

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バーナード星で起きている現象なのでバーナード星に特有の特性つまり固有運動か年周視差のどちらかの取り扱いに問題があると思われます。

またシリウスとは違って赤緯でだけ誤差が大きくなっているのですから、年周視差は関係なく誤りがあるとすれば固有運動の数値あるいは固有運動を反映する計算だと思われます。

じつはこれまで視線速度の影響はExcelのシートでは計算の対象にしていたのですが、実際は計算していませんでした。ヒッパルコス星表には視線速度のデータがなかったからです。

視線速度の影響というのはだんだん遠ざかることによって見かけの固有運動がだんだん小さくなっていく(近づくことによって見かけの固有運動が大きくなってくる)ということですから、地球に近くかつ視線速度(の絶対値)が大きい恒星ほどその影響は大きいです。

シリウスもバーナード星も地球からの距離はたいしてかわらないのですが、視線速度は一桁違います。となると視線速度の影響というのは十分ありえます。そこで視線速度を考慮した計算を行ってみます。
Barnard_15

今度はだいたい一致しています。誤差は0.00001度(0.036arcsec)以下です。どうやら問題なさそうです。

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ところで上の計算をしているときにまたしても固有運動の計算が間違っていることに気が付きました。

固有運動の計算は長沢工「天体の位置計算」地人書館にしたがい次のような計算式を使っていました。

  固有運動の大きさ * 星表元期からの経過時間
    * ( 1 - 年周視差/地球軌道半径 * 視線速度 * 星表元期からの経過時間 )

この式自体は間違ってはいないのですが、星表元期からの経過時間の単位をどちらも“年”にしてしまっていたのです。

固有運動の大きさの単位はふつうmas/yearで(Excelではこれをラジアンに換算していますので)左側の経過時間は年で構わないのですが、視線速度の方はふつう km/sで示されています。つまり右側の経過時間を秒に換算するか視線速度をkm/yearに換算する必要があったのです。

この誤りは現在ダウンロードできるようになっているExcelファイルすべてについてあります。もしこれまでのExcelファイルを使われている方がいらっしゃいましたら申し訳ありませんが上の式(の右側の星表元期からの経過時間の後)に “ * 365.25 * 24 * 60 * 60”を追加していただきますようお願いいたします。

  「このブログの変更履歴・正誤表など: セッピーナの趣味の天文計算

なおこの影響はバーナード星などごくわずかの恒星に限られるはずで、また影響の大きさも上に書いたようにアマチュアの望遠鏡であれば撮影した画像上で最大1ピクセル程度の違いでしかありません。たいていの用途にはこれまでのExcelファイルをそのまま使っていただいても問題になることはないと思います。

シリウスの計算結果
Siriustable

バーナード星の計算結果
Barnardtable

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