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2018年6月 2日 (土)

フラウンホーファー線にD3線が見当たらない理由

簡易分光器で撮ったフラウンホーファー線の画像をよくよく見ると(ナトリウムの)D1線、D2線は写っているのに、(ヘリウムの)D3らしき暗線(吸収線)が写っているようには見えません。

D3
太陽光のフラウンホーファー線(575nm~595nm)より

  参考
      「D3線はいずこ? - 簡易分光器の限界に挑む
       「
フラウンホーファー線の詳細リストとD3線が存在しないこと

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簡易分光器だから、とも考えるのですがD1、D2線の周囲には(そしてD1、D2線の間にさえも)暗線はたくさんあるのに“有名な”D3が写っていないというのは不思議です。

このことについては上にリンクしたように二回ほど記事にしたのですが、最近やっと理由がわかりました。結論だけ先に書くと(太陽光のスペクトルに見られる暗線がフラウンホーファー線の定義だとすれば)単に

  フラウンホーファー線にD3線は存在しない

というだけの話でした。以下このことについて詳しく書きます

まず、なぜフラウンホーファー線の中にD3線があると思った(思い込んでしまった)か、ということから書きます。

じつは「フラウンホーファー線にD3線が存在する」とする書物やネット情報(例えばWikipedia)が相当数存在します(Wikipedia - フラウンホーファー線 に関しては6月9日編集しました)

一例を上げればこういうのがあります。

太陽の光はほぼ連続スペクトルであるが、ところどころに鋭い暗線(吸収線)がある。この暗線をフラウンホーファー線(Fraunhofer Line)という。この中に、当時まだ知られていなかった元素の吸収線があった。のちにこのことからギリシャ語の太陽(ヘリオス Helios)をもとにして命名されたのがヘリウムである。ヘリウムは地球上に存在しないと思われていたが、後になって地球上でも発見された。
  (小暮陽三「なっとくする演習・量子力学」 講談社 2000年)

この文章は「ボーア・ゾンマーフェルトの量子条件」の説明のところにある余談・おまけみたいなものなんですが、分光器に一生懸命になっている私みたいな人間がここを読むと、ああD3線ってフラウンホーファー線なんだと思ってしまうことになります。


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上に類したものはいろいろあります。

従来は、黄色の波長にはD線(589.3nm)を使い、波長もnDと表記していました。しかし、正確にはフラウンホーファー線のD線にはD1からD3までの3種類の波長が混じっており、光学分野でのD線は、Na(ナトリウム)原子によって生じるD1線(589.594nm)とD2線(588.997nm)が混じった光の平均波長でした。今日ではわずかに波長が離れたHe(ヘリウム)原子によるD3線(587.565nm d線と呼ぶ場合もあります)を使うのが一般的になっています。
  (竹内淳「高校数学でわかる光とレンズ」講談社 2016年)


これらを読むとD3線がフラウンホーファー線であることには疑問の余地はないように思えます。

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D3線ってフラウンホーファー線じゃないんじゃね?、と思うようになったきっかけはいくつかあるのですが、例えば以下のような記述です。

1868年に日食時の太陽スペクトル中に検出されギリシャ語helios(太陽)にちなむ名がついたヘリウムHeもラムゼーが1895年、ウラン鉱石を熱して単離した。

フラウンホーファー線が認識されたのは19世紀初めのようですのでD3線の発見まで半世紀が経過しています。またD3線が検出されたのは日食時とありますのでどうやらD3線というのはD1線やD2線とはその性質がことなるもののようです。

発見時のより詳しい状況を記したものがあります。

1868年8月18日の皆既日食のとき、ロッキヤーは太陽コロナを観測して新しい発光スペクトル線を見つけ、道の元素があると考えた。
  (桜井弘「元素111の新知識 第2版増補版」 講談社 2013年)


D3線は暗線ではなく輝線であることがわかります。またフラウンホーファー線の発見から半世紀かかったのは通常は(=日食時以外は)見られないものだからのようです。

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私もちょっと詰めが甘かったなあという反省があります。D3に該当するスペクトルが見つからなかったとき、いろんな資料を調べました。理科年表の「おもな太陽吸収線」にはフラウンホーファー線の一覧があり、それにもD3線は見当たらなかったので、D3線は見つけられないのではなく、もともと存在しないのではないかと思うようになりました。

じつはこのとき理科年表の次のページにある「おもな彩層輝線」「おもなコロナ輝線」を見ていればよかったのです。「おもな彩層輝線」にはHeの輝線587.565nmがあり、しかも“(D3)”との注記がちゃんとありました。ちなみに「おもなコロナ輝線」の方にはD3線の記載はありません。

なお、発見時の状況として“コロナの観測時に”とするものが多いのですが、コロナの領域の観測をしていたらそこに彩層(の輝線)があったということなのでしょう(彩層が認識されたのはいつ頃かということも関係してくるでしょうから、ここでは断定的なことは書けません)

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ところで最初に引用した内容の書籍やネット上の記事はよく見かけます。これはいわゆる伝言ゲームの一種なのでしょう。

彩層の輝線としてのD3線が見つかったときの状況ははっきりしているようですので、そういうのがそのまま引用されれば何も問題は起きません。本や記事を書くときスペースの都合なので省略や脚色みたいのがいろいろあってヘンな方向に行ってしまったのではないかと思います。

  1868年の日食時の観測で彩層光に新しい輝線が見つかった。



  太陽光に新しいスペクトル線が見つかった。

と書くのは省略はあるものの別に間違ってはいないのですが、これを読んだ人は

  太陽光に新しいフラウンホーファー線が見つかった。

と解釈しがちですし、実際にそう思ってしまった人がたくさんいたということでしょう。

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まとめ記事
  「
簡易分光器 - 作り方・使い方のまとめとリンク集
    簡易分光器とは?
    簡易分光器の実力
      太陽光(フラウンホーファー線)
      蛍光灯
    原理・設計
    製作・材料
      スリット

      回折格子
      構成/構造
    フラウンホーファー線の撮影法
    簡易分光器の性能評価
    トラブルが起きたときの対処法
    画像の数値化・グラフ化
    デジカメの分光感度特性
    スペクトルデータの再画像化

    分光器の応用
      光害カットフィルターの特性を調べる
      半導体レーザー出力光の波長の変化
      簡易分光器では手が出ないようなもの
    スペクトルに関する資料集
    スペクトル(画像)の実例

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  「
測定対象別記事一覧(測定、電子工作、天文計算)
  「
過去記事の一覧(測定、電子工作、天文計算)

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